《MUMEI》
ささやかすぎる贈り物A
「終わりましたか」
「ああ、終わったよ」
 ケーキを二人で食べ、家を後にした老人は近くの公園に入った。そこで唐突に声をかけられたが、老人は驚きもせず答えた。
 木の影から現れた少女は恭しく頭を下げ、お疲れ様です、と言った。
「あんな感じで良かったかね?」
「ええ。立派な不審人物でした」
 なんだか矛盾した言葉だな、と老人は苦笑を浮かべた。少女は園内の自販機で缶コーヒーを買い、老人に渡した。老人は礼を述べ、それを受け取った。
「悲しい時代になったものだな」
 プルタブを引きながら、老人はぼやいた。
「誰も貴方を信じなくなった事ですか?」
 少女が首を傾げ尋ねる。老人は首を左右にふる。
「そんな些事はどうでもいいんだよ。悲しいのは、郷田健史が願ったプレゼントの方だ」
「クリスマスの一晩を一緒に過ごしてくれる誰か、でしたね」
「ああ、そうさ。ワシが知るかぎり、これほどちんけなプレゼントはないよ。だが、最近これをお願いする子が増えていてね。参るよ」
 老人は辛そうに言った後、コーヒーを煽った。そして口を手の甲で拭ったあと少女の方を見た。
「人間を人間たらしめるもの。君はなんだと思う」
「私には見当もつきません」
 老人は少女の考える素振りすら見せない態度に苦笑をした後、目を苦々しげに細めた。
「ワシはね、欲を制御できるところ、そう思っていた」
「……」
「欲は偉大さ。猿を人間にして、人間を神に近付けさせたのだから。だがね、欲は所詮自分本位の物、限界があるんだ。これを超越しなければ人間は動物の枠を出られない。それどころか欲自体に首を絞められ、飲まれてしまう。しかし最近の人間ときたら昔より欲深くなっている」
 潰さんばかりの力で缶を握りしめ、それに比例し力強くなっていく語調で老人は口角沫を飛ばす。
「郷田健史の両親もそうだ。もっと金を稼ぎたい。もっといい暮らしをしたい。そういった欲に目を奪われ、大切にしなければならない物を見失っている。このままなら彼らは郷田健史の関心を失うだろう」
 老人が憤りで肩を震わせていると、不意に少女がクスクスと笑った。
「人間の欲を叶える貴方がそれを言うと、皮肉以外のなにものでもありませんね」
 その一言で毒気を抜かれてしまった老人は、肩を竦めた後、ゴミ箱に缶を捨て、少女に向き直り言った。
「まったくその通りだ。さあ、トナカイ君。そろそろ次の家へ向かうとしよう。まだまだ沢山の子ども達がサンタを待っているんだ」

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