《MUMEI》
夏到来、性転換はじめました@
夏休み前日、空に咲く花火のように俺の恋は散った。
「ごめん」
浴衣姿の彼女は顔を伏せながら呟いた。
「太郎のことは好きだけど、恋愛対象としては見れない」
「なんでっ!」
目の奥からあふれ出てきそうになる物をこらえるために、俺は強い剣幕で彼女に問う。
「どこが駄目なんだっ! 言ってくれ、直すから。君に相応しい男になるから……」
しかしその声も尻すぼみになっていった。
 いくつもの花火が照らすなか、俺のむせび泣く音が響く。
「太郎じゃ、無理なんだよ」
 彼女が俺に背を向け、空を見上げた。先ほどと打って変わったひどく明るい声だ。しかしどこか空虚な響きを持っている。
「なんでだろうな。わたしね、昔から女の子を好きになっちゃうんだ」
 失恋のダメージすら一時消すほどの衝撃が俺を襲う。彼女が紡いだ言葉は、小さなころから一緒にいた俺ですら知らない秘密、その告白だった。
「直そうとしたよ、こんなの普通じゃないからって。女の子っぽい太郎なら好きになれるかも、って思ったこともあった。でも無理だった」
 なぜこんなことを言う。
 俺は機能しない頭でまとまらない思考をはじめる。右往左往している間に、彼女が俺を見つめていた。全てを見透かすような視線、俺の好きな彼女の姿。
「太郎、わたしのために女になってくれる?」
 ああ、なるほど。夢から現実に戻ったかのように、思考が一気にクリアになった。
 彼女の独白のような告白、これは俺に諦めを促すための物だった。
 俺には沈黙しか選択肢がなかった。
 彼女は悲しそうにうつむく。
「ごめん」
 もう一度謝罪を口にしたあと、彼女は背を向け去っていった。



 告白から三日たった。すでに学生の夏は始まっているのに、俺は無気力な日々を過ごしている。
 小さなころから好きだった。いや、今現在も彼女を想っている。三日前の浴衣姿を思い出すだけで、失恋の悲しさはどこ吹く風、心拍数が増えるのだ。
「簡単に諦められるわけないだろ」
 彼女が欲しい、彼女の全てが。
 しかし俺は布団の中で悶々とした感情を持て余すことしかできない。
 くそっ。
 このままではいけない、吹っ切らねば。だが、頭では分かっているのに心がついていかない。
 俺は誤魔化すように部屋にあるテレビをつける。しかし内容が頭に入ってこない。まるで難しい本を読んでいるかのように、視線が画面上を滑る。
 少し見てチャンネルを回す、といったサイクルを繰り返す。
 しかし、あるチャンネルで指が止まった。画面内では最近よく見るタレントが移っている。彼女を見て、俺の頭に一つの考えが浮かんだ。
「わたしのために女になれるか……か」



 夏休みが終わり学校が始まる九月一日。普通の学生なら二度と来てほしくないであろうこの日を、どれほど待ちわびていただろうか。
 いつもの通学路、いつもの場所で彼女を待つ。
 彼女とは祭りの日以来あっていない。だから、今日も来てくれるか不安だ。しかし彼女が来てくれることを信じる。
 願いが通じたのか、彼女が視界に現れる。その表情は驚きに満ちていた。
「太郎、だよね? その格好……」
 彼女が近づいて来て、女子の制服に身を包む私を指差す。
「元々女の子みたいって言われてたし、変じゃないでしょ?」
 彼女は私の高い声にさらに驚愕した。
「どうしても付き合いたかった。だから、性転換、やっちゃった」
 私は夏休みの間、バイトでお金をため、性転換手術を受けたのだ。もちろん親に反対されたし、術後の体調不良は想像を絶する物があった。しかし全て彼女と付き合うために乗り越えた。
 彼女の瞳に涙が浮かんだ。
「……バカっ」
 彼女は私を力一杯抱きしめた。私は彼女の背中に手を回し、
「付き合って下さい」
 夏休み前日の祭り時と全く同じセリフを彼女に言った。
「……はい」
 彼女は鼻声でそう答えてくれた。

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