《MUMEI》

 陽炎によって刺し抜かれ意識を飛ばしてから
何とか眼を覚ましたのは、それから半日ほど経ってからだった
生臭さを増した自身の血の匂いに噎せ借りながら意識を取り戻し
腹部に刺さったままになっていたらしいそれを抜き取り部屋の隅へと投げて放っていた
いっそ、痛みさえも感じられない様作ってくれれば良かったのに
これ程の傷を戴きながら絶える事の出来ない自身へ
わななく唇で嘲笑を浮かべながら
深沢は覚束ない足取りでベッドへと向かった
ベッドへと辿り着き、そこへと倒れ込んだ深沢の頭上
覆いかぶさってきた影に顔を上げてみれば
其処に、中川が立っていた
「……どう、なってんのよ。これ!」
何故彼女が此処にいるのか
ソレを問うより先に深沢は中川によって車へと押しこまれる
怪我人を扱うにしては若干手荒なソレに
だが今の深沢に異を唱えられる程の気力はなく
されるがまま後部座席へと押しこまれ、まるで荷の様に放り置かれてしまえば
助手席に、先と変わらない様子で人形の様に座っている滝川の姿があった
「……中、川」
「喋らないで!説明なら後でゆっくり聞くわ!」
今は一刻も早く深沢を診る事が先決、と
中川は一気にアクセルを吹かす
そして連れてこられたのは
「日高!居る!?居るわよね!さっさと出て来なさい!」
町はずれにある、古めかしい外観の診療所だった
戸を開き、だが其処に医者の姿はなく
中川は自宅スペースであろう奥へと顔を覗きこませ、喚き散らす事をする
「……うるせぇと思ったらアンタか。中川」
騒がしい来訪者に白衣を身に付けた医者らしき男がそこへと現れる
余りの騒々しさに溜息すら吐く相手へ
中川は急患だと深沢を前へと押しやった
「……こいつは――」
「詳しい話は後よ!早く手当を!」
中川の勢いに押され、相手はすぐさま支度を始め
深沢を抱え診察室へ
ソレを見送ると、中川は人形の様に其処に在るだけの滝川の顔を覗き込んだ
「奏君!しっかりしてよ!」
滝川の両の肩を掴み上げ、強く揺さぶってみるが滝川の様子は変わる事はなく
何もない正面を唯眺めるばかりだ
一体何が見えるというのか
同じく中川も見てみれば、だがこれと言って何か変わったモノがあるワケではない
在るのは、見えるのは窓越しにある満月
決して届かない場所にあるソレを、だが滝川は掴もうと手を伸ばす
「……月に何があるていうの?」
窓ガラスを叩き始めてしまった滝川を止めてやりながら呟けば
その手を振り払い、滝川は突然に立ち上がると踵を返す
外へ出ようと戸を開けたと同時深沢の手当を終えたらしい日高と丁度ぶつかった
「少しは大人しく出来ねぇのかよ。このガキ」
滝川の襟首を掴み上げ呆れたように溜息を一つ
未だ暴れる滝川に僅かに舌を打つと、日高はその鳩尾へと拳を叩き入れていた
意識を失ってしまう程の強いソレに滝川の身体は崩れ落ち
ソファへと横たえてやれば、日高は徐に煙草をふかす事を始める
「……アンタ、容赦ないわね」
「暴れる奴にはこれ位が丁度いいんだよ」
「そんなもん?」
「そんなもんだ。で、さっきの深沢とかいう奴だけどな」
診察を終え、その結果が書かれているらしい書類をちらつかせる日高
ソレを中川が半ば奪う様にして取り、目を通し始める
「……内臓のほとんどが腐ってきてる。あいつ、本当に人間か?」
怪訝な顔でのその問いに
中川は即座に言って返す事が出来なかった
深沢はヒトだと
中川自身が認めてやらなければならない事だというのに
即答できなかった自身に、中川は唇を噛みしめる
「……実験動物だ」
何も答えられずにいる中川の代わりに
診察室から出てきた深沢が代返する
「な……!深沢!」
自身を卑下した様な深沢へ、中川が慌てて何かを取り繕おうとする
動揺するばかりの中川へ
深沢は自身のソレが少なからず失言だと気付いたのか
中川へと僅かに苦笑を浮かべて見せた
「……まぁ、ヒトだろうが実験動物だろうがどっちでも構わんが、一応応急処置は済んだ。これ以上の無理はなるべくするな」
「……どーも」
短い礼の後、滝川の手を掴むと深沢はその場を後に
外はすっかり日が暮れ、夜の闇

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫