《MUMEI》

見える満月が濃い影を写す程、明るく変わらずに其処にあった
その月明かりの下、帰路をゆるり戻りながら
深沢は自身の数歩後ろを歩く滝川の方を見やる
人形の様に唯其処に在るだけの滝川を
深沢は不意に脚を止め、その身体を抱きしめてやる
一体どうしてしまったのか、これからどうすればいいのか
痛んで仕方のない身体を何とか立つ事に保ちながら悩むばかりで
「……こっち」
考えこむその深沢の腕に抱かれたままだった滝川がその腕をやんわりと解き
そして徐に引く
何処へ行くかも全く何も告げないでいる滝川へ
深沢が問う事をしようとした、ちょうどその時
その脚が、とある建物の前で止まった
ソコは街外れにある、廃屋と化してしまった高層ビル
立ち入り禁止のテープが大量に張り巡らされている其処へ
だが滝川は気に掛ける事もなく深沢の手を取ったまま中へ
「ちょっ……。まて、奏!」
訳が分からないまま滝川にされるがままの深沢
その建物の中へと入り、そして其処にあったのは
外と全く変わりのない夜の景色
室内である筈のソコにはどうしてか風さえも感じられる
敢えて違いを上げるとするならば月が無いという事だけで
一体これは何なのか
深沢が辺りを見回し、そして怪訝な顔をして見せれば
滝川が不意に顔を覗き込んできた
重なる視線
だが其処に滝川の意思はない
「……彼を、連れて来てくれたの。いい子ね」
不意に背後から聞こえてきた声に振りかえる深沢
其処に、陽炎が静かに佇んでいた
「……此処は、嘗て(あの男)が蝶の研究を、していた場所」
ゆるり深沢へと近づきながら、陽炎は穏やかに語る
あの男、陽炎が語ろうとしているのは恐らくは滝川 秀明、滝川の父親
蝶に魅せられそのレプリカを造り、挙句にその毒に侵され死んだ
随分と昔の事で深沢自身最早朧げでしか記憶にはなかったが
今になって思い出してしまった事に溜息を吐く
「……けれど、あの男は私を未完成のまま生み落とし、そのまま死んでいった」
だから自分は月齢に生死を左右される半端者なのだ、と喚く事を始め
何もない、唯広いばかりの其処に、陽炎の嗚咽ばかりが響く
「……(死ぬ)のは嫌。満月の日の、あの瞬間だけは、恐くて堪らない……!」
泣く声で訴えながら、陽炎は深沢へと手を伸ばす
触れられる寸前、それを避けるかの様に距離を取っていた
「……幻影を渡して。早くしなければ、私は……!」
泣く様な声で訴え、座り込んで改めて泣く事を始めた陽炎
見ればそ身体は段々と薄れている様に見える
「……(私)が死んでしまう。……嫌、次生まれるまで、またずっと一人なんて……!」
それだけは耐えられない、と益々泣き始めてしまい
その様に、だが深沢は何を返すこともない
「……幻影、私の声が聞こえている!?何故何も言ってはくれないの!?」
喚く声に、幻影が漸く姿を現す
だが幻影はまるで意に介する様子もなく
ふわり辺りを飛んで回るばかりだ
「助、けて……幻影。助け――」
言葉も最中、その姿が全て消え
後に残ったのは小さな蛹一つ
小刻みに未だ動くソレを深沢は取り上げてやり
改めて辺りの様子を伺ってみる
秀明の、研究施設
嫌悪ばかりを感じてしまう其処を
深沢は何とかこらえ、取り敢えずは見て回る事を始めた
その跡を、まるで付き従うかの様に幻影が追う
よくよく見てみれば、その足元には小さな町の模型が広がっていた
今の景色ではない、少しばかり古めかしい雰囲気のソレに
一体これは何なのか、深沢は怪訝な表情を浮かべる
考える深沢。その目の前へ
不意に幻影が飛んで現れ深沢の鼻先へ
停まったかと思えば、すぐに幻影は深沢の手の平へ
そこにある陽炎の蛹へと寄り添う事をしていた
「……帰り、たい。同じ月を見ていた、あの頃に」
仲睦まじく見えるその様を見、滝川が徐に呟く
ゆるり深沢へと歩み寄ると、その身体を抱きしめていた
「奏?」
「あのままでいられれば、私はソレで良かったのに――!」
癇癪を起したかの様に喚き始めてしまった滝川
陽炎が何所かへと消えてしまっても尚
その意識は何かに支配されている様だった
「……今は、月明かりでさえ、眩し過ぎる……」

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