《MUMEI》 怯える様に身体を震わせながら、その意識は直後に途切れた 崩れ落ちる滝川の身体 抱きとめてやり、深沢は困惑気に溜息を吐く 状況は悪い方へと転がっていくばかりで どうすればいいのか、深沢には皆目見当もつかない このまま滝川を失ってしまうのではと 不意に、そんな不安が脳裏によぎった だがいくら考えを巡らせようと何もできない自身を深沢は悔やむばかりだ 歯痒さともどかしさにやり場のない苛立ちばかりが溜まっていき その所為か、堅いコンクリートでできている床を殴りつける深沢 その目の前へ 不意に、蝶々が二羽現れる その蝶々はまるで深沢を労わるかの様に傷ついてしまった手へと寄り添い 触れてきた温もりはひどく懐かしいモノだった 暫く深沢の傍らを飛ぶ蝶々達 まるで付いて来いと言わんばかりに何度も深沢の手に触れながら ソレが徐に外へと飛ぶ事を始める 「ちょっ……、待てって!」 先へ先へと飛んで行ってしまう二羽 滝川を抱え上げ、深沢は慌ててその後を追った 外は変わらず満ちた月の夜 深夜という事もあってか人通りもまばらな街中を深沢は蝶の後を追いながら走り抜けていく 「ここは……」 辿り着いたソコは 数日前に訪れたあの電波塔のあるあの寂れた場所だった 此処に何があるというのか その答えも求めるかの様に二羽の様子を伺って見れば やはり電波塔を上へ 「……登って来いってか」 見る間に消えてしまったその姿に、深沢は溜息混じりに呟きながら 背に滝川を背負うたままそれを上り始めていた そして漸く到着した頂 だが其処には何があるという訳ではなく唯眼下に街の明かりばかりが広がっていた 「やっぱ、此処に何かあるんだな」 何もないように見える其処に しかし蝶が導いてくれたという事に何かあるのだろうと深沢は辺りを見回す 暫く辺りばかりを見回していた、その直後 深沢の背後に、不意に人影が現れた 気配を察し、素早く深沢が身を翻せば 見えたその姿に、深沢は声を失ってしまう 『……望、さん。やっと、また、会えた』 満面の笑みを浮かべる、その人影 ゆっくりと手を伸ばし、深沢の頬へと触れさせれば 深沢の頬に、一筋涙が伝った 「……撫子」 その姿は、遥か昔に失ってしまった愛おし者のそれで ソレが何故今此処に在るのか 疑うよりも先に、深沢がその身体を抱きしめていた 『……ごめん、なさい。あなた、ばかり、ずっと苦し、めて』 「いい」 『……でも、望さ……』 「いいから」 途切れ途切れのぎこちない言葉を途中遮ってやり 深沢は改めて触れられるその存在を確認するかの様に強く撫子を抱く 何故、どうして 聞く事は山程ある筈なのに そのどれもが、今はことばとして出てはこない 『……望さん、月を、恐れない、で』 「撫子?」 『月は、決して、誰も傷つけない。だから……』 途中、撫子はことばを区切ると 深沢の腕に抱かれたままの滝川へとやんわりと手を触れさせながら 『……守って、あげて。お願――』 言葉も最中に、撫子の姿は消え蝶のソレへと戻り ふわり羽根を動かすと、深沢の唇へと触れていた もう何を失う事もない様に、と 互いが互いに口付けを交わした 「……帰るか、奏」 その姿が完全に消え、暫くその場にて立ち尽くしていたらしい深沢 一体どれ位その場に居たのか 見れば東の空にうっすら朝の陽が射しこんでいる事に気付く 太陽と月が同居する、短い時間 段々と薄れて行く月のその姿に 深沢は憂う様に空を仰ぎ見ながら、どうしてか安堵の溜息をついていた…… 前へ |次へ |
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