《MUMEI》

.


「…位置について!」



陸上部のマネージャーであるヒロコの甲高い声が、赤褐色のフィールドトラックに響いた。

コースに立っていたわたしは、スタートラインに向かい、ゆったりと両手をつく。指先から、滑り止め人工ダイヤのザラザラとした感触が伝わってくる。

「用意……」

続けざま放たれる彼女の声に合わせて、腰をゆっくりと高く持ち上げクラウチングのポーズを取る。

ナイフのように研ぎ澄まされた緊張感を覚えながら、ゆっくり瞼を閉じる。全神経を集中させ、息を静かに、深く吐き出した。次第にわたしの周りを取り巻く雑音が、だんだんと遠退いていく。


ドッ…ドッ…


心臓が早鐘を打つ。それはわたしの鼓膜の中にまで、重々しく響いた。

込み上げてくる焦燥感に似た何かを必死で押さえながら、目を開き、先にあるゴールを睨み据える。


………そして、



耳が痛くなるような静寂の中、




―――ピッ!




ヒロコが手にしていた、無機質なスターターの音が鳴り、それと同じくして、わたしはスパイクを履いた足で、勢いよく地面を蹴り上げた。



******

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