《MUMEI》

 「……ここ二日位、記憶が無い」
翌日、早朝
さして美味くもない食事を一人貪っていた深沢の元へ
漸く自身へと戻ってきたらしい滝川が複雑そうな表情で起きてきた
「……二日って記憶がある分大したもんだな」
「……何だよ。それ」
小馬鹿にした様な笑みを浮かべる深沢に
滝川は不手腐った様に唇を尖らせると、子供の様に顔をそむけて見せた
その滝川の鼻先へ
二人のそのやり取りをまるで仲裁するかの様に蝶が一羽、現れる
滝川の鼻先へと停まった
次の瞬間
滝川の視界が白濁に染まっていく
何も見えない筈のその白の中
だが突然、莫大な量の何かが一気に見え始めた
様々な彩り、闇夜に浮かぶ丸い月、そして蝶々
見えるソレが一体何を指し示すのかはよく分からない
だがその情報量の多さに耐えきれなくなったのか
滝川はその場に膝を崩し蹲ってしまう
「……陽炎、探さないと」
「は?」
「陽炎の奴、早く見つけてやらないと。なぁ、望!」
取り乱し始めてしまった滝川
その身体を、深沢は落ち着かせてやるかの様に若干手荒く抱く
胸元へと抱き込んでやれば
だが滝川は落着きを取り戻す事はない
「何が見えた?」
一体、何を見たというのか
問うてみれば、だが滝川は首を横へ
言う事はせず、また身体を小刻みに震わせ始めてしまう
「……あそこに、あそこに沢山死んでる。其処に、陽炎も――」
「奏?」
「……満月、嫌だ。怖い――!」
そのまま気を失い、崩れ落ちてしまった滝川の身体
受け止めてやり、深沢がベッドへとそのまま運んでやっていた
「……やっぱ、あそこか」
現状を打破するにはどうすればいいのかを考え
そしてやはり、考えが至るのはあの場所だ
「幻影。お前、奏に付いててやってくれるか」
傍らへと付き従う幻影へと言って向けてみれば
ソレを解したかの様に、幻影は深沢から離れ滝川の元へ
その様を見、深沢は僅かな安堵に肩を落とすとそのまま外へ出る
朝の街の喧騒にまみれながら、深沢はその場所を目指す
「……あら、また会ったわね」
唐突に背後から声が掛けられ
進む脚を引きとめられた深沢が向き直って見れば
何時ぞやのあの女性が其処にいた
「……ここ最近、月の満ち欠けが無いわね。そう言えば」
そして徐に始まった世間話の様なソレ
思い当たる節がある様なない様な深沢は何も返す事が出来ずに
唯押し黙っていると、相手の手が不意に深沢の頬へと伸びてくる
「……このままでは、溢れてしまいそうね。重々気を付けなさい」
その言葉だけを残し、相手はすぐに雑踏の中へとまみれ消えて行った
一体何が溢れ、何が起こるというのか
中途半端なその忠告に深沢は怪訝な顔だ訳が分からず髪を掻き乱せば、その直後
深沢の視界が白濁に染まる
その白の奥、見えてきたのはあの電波塔のあるあの場所
やはりあの場所に全てがあるのだと、深沢は踵を返し走り出す
目的の其処へと着いた頃にはすっかり息も切れ
だが固有を整える事もせず、深沢は鉄塔を上る事を始めいた
その頂へと登りきれば
だが其処には誰も、そして何もなく
ただ満ちた月が浮かぶばかりの夜の景色が広がるばかりだった
此処最近月の満ち欠けがない
指摘され、その事に漸く気が付いた
あの日以来、見上げた夜の空にあったのは常に満月
当然、普通の状況下では有り得ないソレに深沢は怪訝な顔
その背後、深沢は何かの気配をまた感じ
ゆるり振り返ってみれば、目の前へと撫子が現れた
「撫子?」
何かを深沢へと訴えようとしているのか
忙しなく飛ぶその様に
深沢はそのまま上へ上へと高くに登っていくその姿を目で追うた
月明かりに照らされ心地よさげに飛ぶ撫子
月を怯える様子など一切見受けられずに飛ぶ様に
まるで釣られたかの様に、滝川の元へ置いてきたはずの幻影が
満ちた月のその明かりの下、仲睦まじく戯れる蝶達
一体どういう事なのか
深沢が怪訝な表情を浮かべてみた、その直後
撫子がまた深沢へと近く寄り
その手の平へと何かを置いた
ソレは、陽炎の蛹
堅い繭に覆われたまま、何の変化も見受けられないソレに
幻影が近く寄り添い、何故かその繭を啄み始める

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