《MUMEI》

その不快でしかない臭いに、琴子さえも僅かばかり表情を顰める
脚元に転がる母親の亡骸へと徐に見下ろしながら
「……黒、アンタ火種を持ってたりする?」
徐に、相田へと問うてきた
何をするのか聞く事はせず、相田は懐から発火布を取って出して
ソレを琴子へと渡してやる
「……ありがと」
「使い方解るか?」
「大丈夫」
小さく頷き、琴子は手近にあった松の枝を徐に手折る
その断面を布へと押しつけ擦れば散った火花が松脂へと着火し、枝が燃える事を始めていた
「お見事」
よくできました、と手を叩く相田へ
小馬鹿にされたとでも思ったのか、睨むような一瞥を向ける
だがそれ以上は詮索することはせず
母親の方を向いて直ると、その死に体に火を付けた
「……ヒトは、死んだ時にこそ、全てから解放されるのかもしれない」
燃え逝く母親を見下しながら琴子は呟く
束縛も柵も
死に逝けばそれら全てから解放はされる
だがそれが(救い)かと問われてしまえば
応えて返すことなど相田には出来なかった
「……アンタには、関係のない事だったわね。忘れて」
決してそれを迎える事が出来ない相田へ
酷く残酷な問い掛けをしてしまったと琴子は口を噤む
申し訳なさそうに顔を伏せてしまった琴子に
相田は微かに肩を揺らし、笑う声を洩らした
「……飼い主にそんな面させるとは、犬失格だな」
「黒……」
「取り敢えず安心しとけ。後悔なんてしてねぇし、これからもしてやるつもりも更々無い」
「……そう。それを聞いて安心した」
ソレが本心なのか、珍しく琴子の口元が緩んだ
母親の亡骸もそこで漸く燃え切り、灰ばかりが残ったそこへ
突然に孤夏が姿を現わした
「孤夏?」
一体どうしたのか、琴子が小首を傾げて向ければ
孤夏は唐突にその土に散らばった灰を舐める事を始めていた
「……何を、しているの?」
その様を眺め、小首を傾げる琴子
だが返答など当然になく
全ての灰を舐め終えると、孤夏が唐突に遠吠える事を始め

そして何を思ったのか、相田の腕へと唐突に噛みついていた
「黒!?」
行き成りのソレに琴子が驚く様な声を上げ
だが相田は表情を全く変える事をせずその様を眺め見ていて
そして漸く孤夏が離れたと思えば
その口の端に、何やら銜えているのが知れた
「それは、何?」
孤夏が銜えたそれは細い銀糸の様な何か
相田の抉られた傷口から下がって見えるソレに
琴子が怪訝な顔を浮かべて見せていた
何かを答えて返そうとするかの様に細い声で孤夏は泣き
その糸を徐に相田の左手の小指へと結えつけていた
「……何のまじないか聞いてもいいか?」
問うては見るが当然返答など無く
孤夏は小さく鳴く声を上げるとその姿を消していた
「……平気?」
完璧に見えなくなれば
未だ血を流したままの相田へ
琴子がさして感情の籠らない声で問う事をする
「状況説明、して貰ってもいいか?お嬢」
「……面倒」
「そう言ってくれるな。頼む」
懇願するかの様に言ってやれば
本当に面倒くさそうだったその表情が僅かに変わる
自らの着物の裾を噛んで千切り、相田の腕へと巻き付けてやりながら
「あの子は、不安なの。オヤクソクが果たされないかもしれない事が」
話す事を始めてくれた
「……指斬り様に慈悲はない。指を斬られてしまえば、全てが終わる」
はっきりと言葉にしてしまうのも恐ろしいのか
余り鮮明でないその説明に、だが相田はソレで納得してやったのか
琴子の頭へと手を置いてやった
「だったら、俺は何をすればいい?」
珍しく考える事を始めてしまった相田へ
琴子が徐に、相田の頬へと触れさせながら
「……アンタは何もしなくていい。考えるのは、私の約目」
自分に従っていればいい、との琴子の言葉
傲慢に聞こえる筈のソレが、だがそう聞こえないのは
彼女が性格的に不器用である事を理解しているが故
相田は僅かに肩を揺らすと、琴子の髪を掬いあげ、返事代りにソレへと口付けていた
「……何処かへ、行くつもり?」
まるで別れを告げる様なソレに琴子が問う事をすれば
相田はどちらとも返さず、方だけを竦めて見せると琴子を自宅へ
大人しく待っている様言って聞かせ、そこを後に

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫