《MUMEI》

顕わにされたその中には陽炎の姿
突然に月の下に晒され、見て解ってしまう程に陽炎は怯える様子を見せていた
その陽炎の傍らへ、不意にヒトの影が現れた
「……あなたも、私なのに。何故消えないの?」
おびえ過ぎて飛ぶことすら忘れてしまっている陽炎へ
ヒトの姿をした陽炎は言い迫る
まるで、その事が罪であるかの様に、酷い剣幕だった
「……アナタと二つに分かれたりしなければ、私はこんな事にはならなかったのに……!」
蝶々を睨みつけ、涙さえも浮かべるその様に
だが、深沢にはいまいち現状が理解出来ない
ヒトと蝶と
二つに分かれてしまっている陽炎を前に怪訝な表情を浮かべる深沢
ヒトの姿を形取っている方の陽炎が
不意に深沢の首へと手を触れさせる
「……幻影を、渡して」
強要の言葉に、気道を締め付けられていく息苦しさだが深沢は抵抗をする事無くされるがままだ
「……聞こえなかった?幻影を、渡して」
抵抗はないが、その言葉を聞き入れる様子もない深沢
ソレが気に障ったのか、幻影は益々首を締める手に力を入れる
「……あなたが居ないから。私はいつまでたってもこのまま。月に怯えながら生き続けなければならないのよ」
息苦しい様子も、助けを乞う言葉も発しない深沢
互いに交わす言葉がそれ以上なく
無意味な沈黙に痺れを切らしたのは陽炎の方だった
明らかに苛立った様子で手を振りほどくと
踵を返し、その場から消えて行く
その姿が消え、漸く解放された深沢の身体が崩れ落ちる
ソレまで遮られていた酸素が一気に肺へと入り込み
噎せる事を始めてしまっていた
「……どうなってんだよ」
状況は解らなくなっていく一方で
苛立ちばかりが、ましていく
「深沢、やっと見つけた!」
脚早に帰路へと着いた深沢の背後
唐突に中川の声に引き留められ、そちらへと向いて直れば
それと同時、何十枚と重ねられた何らかの資料の様なソレを押しつけられた
何事かと怪訝な顔をして向ければ
「……これ、読んでみて」
だが中川はソレだけしか語らない
酷く深刻な様子に、深沢はその通りソレに眼を通す
ソレは嘗て行われたであろう陽炎の研究資料
幼虫から始まり、蛹、成虫への成長
その過程が長々と書かれていた
これだけを読み進めていけば、取り分け変わったものという訳ではなく
だが最後の一枚へと眼を通した途端に
深沢の手が止まっていた
「どうかした?深沢」
深沢の様子がおかしいのを悟ったらしい中川が顔を覗かせて
深沢が見ているソレを覗き込んでみた
「……何、これ」
其処に書かれていたのは、何十人というヒトの名前が記された名簿
一体何のそれなのか
よくよく見れば、その一人一人全てに
名前を消すかの様に横線が引かれていた
だがその中に
一人だけ手つかずの名前が残っている事に深沢は気付き
深沢は怪訝な表情を浮かべて向ける
「……ね、深沢。その名前何か気付かない?」
問うたつもりが問うて返され
深沢は改めてその名前を窺い見る
滝川 加奈子
普段なら気に掛ける事などしない平凡なその名前
だがその一致はどうやら偶然のソレではない様だった
「……奏の母親、か」
「あいつ、やっぱり最低よ。自分の家族を……!」
信じられない、と怒りを顕わにする中川
ソレをやんわりと宥めてやりながら
深沢は改めて資料へと眼を通して見る
その中の一文に、深沢は不意に眼を止めていた
滝川 加奈子
寄生させた蝶の蛹を羽化させるも、それによる人格支配により自我が完全消失
某月某日
ソレを理由に検体登録抹消
保護観察の名目のもと地下施設へ隔離
一ヶ月後、彼女の姿はなく羽化したばかりの蝶のみ
後にその蝶は陽炎と命名
「……これ、つまりはどういう事?この人、どうなっちゃったわけ?」
読み進めて見ても何がわかった訳ではなく
小難しげな顔で悩み始めてしまった中川
だが、深沢にはそれ付いて、僅かばかり心当たりがあった
ヒトの姿をした陽炎
恐らく関係がある、と深沢は踵を返す
「深沢?何所行くの!?」
中川の声に振り返る事はせず、深沢は手を軽く中川へと振って見せながらその場を後に

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫