《MUMEI》
逆鱗3
寒さで目が覚めた…


いつの間にか疲れて眠ってしまったようだ。

シャワーも浴びずに放置していた体は必要以上にべタつく。

体がちぎれるほどの伸びをしてからタバコに火をつけた。

これからどうするか。
煙を深く吸い込みながら今日の予定を思い出してみる。

ふと思った。「何か忘れてるような気がする。」
気のせいだろうか?

煙をゆっくりと天井に吐き出しながら、昨日までの記憶を呼び戻そうとした。

何も思い出せない。

こんな時は決まって同じ考えが浮かぶ。「思い出せないという事はたいした用事じゃないだろう。」

都合のいい現実逃避。

だがこの考え方の人は多いはず。


「とりあえず飯でも食うか。」
腹が減っていてそれ所ではない。

ヒロは携帯を手にして台所に向かった。

「そういえば今何時だ?」時間を見ようと携帯を開いた… 「?」充電が切れている。

「ヤバい!」


胸に込み上げてくる不安を押さえる事ができない。


ヒロの携帯が繋がらないと回りのみんなに迷惑がかかる。 何よりも組の兄貴分に大目玉を食らう。


脳裏を駆け巡る様々な出来事。


どれも面倒な事ばかりだった…


二年半くらい前からヒロは都内の某広域指定暴力団に属していた。
たまたま傷害でパクられた時、一人のオッサンに声をかけられた。

「シャバに出れたら連絡しなよ」

案の定、その時も留置場で済んだので釈放と同時に電話した。

数日後には兄貴に会いに事務所に向かっていた。


会って何かが変わる訳でもない。

そんな事はわかっていた。

わかっていても、若気の至りを止めるのは難しい。


とりあえずこの世界でとことんやってみよう。

予想はしていたが、数日後には体に刺青を彫り始め、気がつくとヤクザとして活動していた。

兄貴は組を構えていて、さらに組織の中でも3本指に入る役職についていた。

そんな兄貴だから時間と連絡にはうるさい。


半年前、寝坊してしまい待ち合わせに3分遅れた事があった。


木刀と竹刀が二本折れるまでしめられた。


熱は40度まで上がり、 体にはミミズ腫れ所か蛇のような太さで痕が残った。


家に辿り着けなかったので真由美の部屋に行き、体中に湿布を張ってもらい爆睡した。


「あの時は大変だったなぁ」


少しの間、ヒロは当時の余韻に浸っていた。


…確かあの時に初めて真由美の手料理を食べた…。


ふと胸におかしな違和感を感じた。


その瞬間、ずっと胸にひっかかっていた「何か」が急に取れていくのがわかった。


それをきっかけに高速で蘇っていく記憶。


…30分後にいつものゲーセン…


真由美との約束。


「しまった!」


やっと蘇った記憶は予想以上に面倒臭い物だった。


できる事なら今日一日だけ記憶喪失になって欲しい。


もちろんそんな奇跡は起きるはずもない。



小さな罪悪感がわずかに芽生えてきた。


…だが待ち合わせの時間はとっくに過ぎているはず。


今さら焦ったところで間に合う訳がない。


ついさっき芽生えたばかりのちっぽけな罪悪感は、いつの間にか摘み採られていた。


ヒロは意味もなく部屋を見渡した。


テーブルの上にはいつものタバコがあった。


こんな時は、まず一服して落ち着く事に決めている。



タバコに火をつけ、いつものように深く吸い込んだがうまくは感じない。


あっという間に一本吸い終ってしまった。



「よし。そろそろ行くか」



いつもより自分の動きが徐々に加速していくのがわかった。

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