《MUMEI》

いつの間に現れたのか、幻影が傍らに現れた
先刻の秀明は恐らく幻影が見せた幻で
ソレについて、返答など無いと解っていながらも問う事を深沢はしていた
返答のつもりなのか
幻影は羽根を忙しく羽ばたかせ始め
yesともnoともとれない中途半端なソレに
だがそれ以上問う事はしなかった
その様を眺めていた深沢は、溜息を一つ吐くと踵を返しその場を後に
帰路をゆるり歩きながら、不意に深沢は脚を止め空を仰ぎ見る
浮かぶ、満月
柔らかく降ってくる月明かりの中、撫子がふわり現れた
「……お前の言う通りだったな。撫子」
月は決して何も傷つけない
その言葉通り、結末は酷く穏やかなソレだ
(望さん、ありがとう。救ってくれて、守ってくれて)
柔らかな声が耳のすぐ傍
聞こえたかと思えば、撫子が目の前に現れる
だが、その姿は随分と朧げなそれだった
「撫子……」
(会えて、良かった。望さん、ずっとずっと、大好きです)
見せてくれたのは涙に濡れた笑い顔
頬に伝う涙を拭ってやろうとその頬へと手を触れさせた
次の瞬間
降ってくる月の光に覆い隠され
撫子の姿がそれに解ける様に消えていった
全ては月が見せる幻だったのか
彼女に触れていた手の平を眺め見
残る僅かな温もりに、それが現実だった事を理解する
撫子が消えた後も暫く其処に立ち尽くしていた深沢だったが
改めて帰路を進み始めれば
その途中、人影が深沢を待ち伏せていた
「……終わったみたいね。深沢」
其処に居たのは中川
全てに片が付いたのだと改めて確認させてくれるその問いに
深沢は表情で返していた
「でも深沢」
「何だよ?」
「どうして陽炎は二つに分かれたりしたのかしら?」
帰路を中川を連れ立って歩きながら
おもむろなその問いに深沢は何を答えて返す事もせず
そして暫くの沈黙の後
幻影と陽炎、二羽が姿を現した
「……人の、欲だろ。多分」
「人の、欲?何よ、それ」
漸く返答した深沢へ
余り確かな答えではないソレに中川が怪訝な表情をして返す中川
だが構う事をせず深沢はその二羽を指先へと停まらせてやりながら
「……何かを想えば、その為に何かを欲するようになる。今回のあの女も、まさにそれだろ」
愛する者のため自らの身を捧げ
自身は消えながらもその傍にいる事を強く望んだ
蝶へと姿を変えた後でも、ヒトとしての欲を保ってしまう程に
その想いは、どういう感情であれ強いモノだったのだろうと
もしかしたら深沢自身辿っていたかもしれないその末路に
自嘲気味に肩を揺らす
「深沢……?」
中川がどうしたのか窺う様に顔を覗かせてきて
ソレに気付いた深沢は彼女へも笑みを浮かべて向けていた
「……帰るか」
それ以上、何を話す事も出来ないと言わんばかりのその脆い笑みに
先を歩き始める深沢の後を、中川は付いて行くしか出来ない
だが途中、中川の手が深沢の服の裾を唐突に引く
「……どうした?」
「今の、アンタの(欲)って何?」
徐に問うてくる中川へ
深沢はその突然の問いに虚をつかれた様な顔をしてみせる
「行き成り、何だ?」
「いいから、何か無いの!?」
無デか怒鳴るようなその声に暫く考える仕草をしながら
また笑みを浮かべ
ると
「……奴が作った飯が食いたい。それ位か」
そう、返していた
ソレが意外な返答だったのか
中川は瞬間呆気にとられたような顔だったが
すぐに、肩を揺らしていた
「……だったら、早く帰らないとね」
笑う声を洩らす中川に強く背を押され
早々の帰宅を促される
突然の事に転び掛けるのを何とかこらえ中がを睨みつけてやれば
だが満面の笑みで手を振ってくる彼女へ
深沢は同じように手を振って返し、その場をあとにしていた
自宅までの道程
漸く欠け始めた月を見上げながら、深沢は家路を急いだのだった……

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