《MUMEI》 4「起きてたか。奏」 漸く帰宅の途に着く事が出来た深沢 自宅へと到着すれば、居間に呆然と座り込んでいる滝川の姿があった 一体いつからそうしているのか、僅かに戸を叩き気付かせてやれば 向いて直って来たその頬には一筋涙が伝い始める 「……どうした?」 微かに震えて見えるその身体を背後から抱きしめてやり 涙を拭ってやれば 滝川がその手に縋るかの様に触れてきた 「……少し、恐かったな」 耳元で呟く事をしてやれば、意外にも素直に頷いてくる そして深沢の腕の中、わざわざ身を翻すと 向かい合う様に座り直し、その存在を確かめる様に強く抱きしめていた 「……俺、もうこんなの、嫌だ」 深沢の肩口に顔を埋め、押し殺したような声 蝶に憑かれて以来始めて聞いた、生きる事を拒む様な言の葉 堪える事無く涙を流す滝川へ 深沢は宥めてやる様に口付けてやる 例え、どんなに生きる事を拒んだとしても ソレを叶えてやる事など深沢には出来なかった 「……俺を、一人にする気か?」 多少なり拗ねる口調で呟いてやれば 滝川の眼が見開いて行く 求めてやれば求めてくれることを知っているから 卑怯だと思いつつも、この言葉をつい言ってしまっていた 「あっ……」 滝川も自身の失言に気付いたのか 両の手で口元を押さえ、口籠る 「ごめ……。俺、そんなんじゃ……」 動揺し、慌て始め、益々泣く事をしてしまう滝川 ごめんを何度も繰り返しながら、深沢へと縋り付いた 「望、ごめん。俺――」 泣きながら謝るばかりの滝川へ 大人気ない事を言ってしまったと、深沢は苦笑を浮かべながら 宥める様に滝川の背を軽く叩き始める トントンとゆっくりとしたソレに、漸く滝川が落着きを取り戻す 「……安心しろ、奏。もう、大丈夫だから」 月は、何も傷つけない 撫子の言葉を全く同じに滝川の耳元で呟いてやれば 頷いてくれ、漸く身体の強張りを解いていた 「……本当、ごめんな。あんな事、言うつもりじゃ……」 「わかってる。いいから、もう寝ろ」 軽いその身体を横抱きに抱えベッドへ 運んでやれば、だが滝川はどうしても深沢から離れようとはしない そのまま腕を引かれ、弾みで深沢もそこへと倒れ込む羽目になった 「……一緒に、寝てくれよ」 一人は恐いからと訴えられてしまえば 深沢に、拒む事など出来るわけがない 「寝てやってもいいが、一つ、交換条件」 「……何?」 唐突なソレに首をかしげてくる滝川へ 深沢は耳元へと唇を寄せてやりながら 「後でメシ作ってくれるなら、一緒に寝てやるよ」 自身の要望を伝えてやる 珍しく強請る様な深沢のソレに滝川は虚を突かれた様な顔 だが直ぐに漸くの笑みを見せてくれ 「……わかった。メシ、な」 頑張って作るから、と 言いながら滝川は、深沢が傍らに居る事に安堵し、徐々に寝に入っていく その際にカーテンを閉め忘れている窓越しに見える月に気付き 深沢の着衣を僅かに引いた 今はまだ見たくはないのだろうとカーテンへと手を伸ばせば 「……そのままで、いい。同じ月を、一緒に……」 二人でなら見ていられるから、と いい終わりと同時、滝川は完全に寝に入って 子供の様なその寝顔に深沢は肩を揺らした そこで漸く張りつめていたものが全て切れたのか 全身が急激に気怠く、そして重いものへと変わっていく それに伴い睡魔に襲われるのも直ぐの事で 自分も眠ってしまおうと、滝川の傍ら深沢も寝に入ったのだった…… 前へ |
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