《MUMEI》
逆鱗4
今、一番必要な事。


とにかく携帯の充電だった。


急いで充電器を差し込み、その間にシャワーを済ませる。


部屋から飛び出て階段を駆け降りた。

頭の中では以前テレビで流れていた「現代人の携帯依存症」についての説明がハッキリと浮かんでくる。


よくテレビで見掛ける、いかにもうさん臭い司会者が偉そうに熱弁を振るっていた。


「今の子は携帯がないと何もできない。」
「一番大事なのが携帯なんておかしい。」

スタジオに来てる携帯とは縁がなさそうなオバサン達は、感心しながらただ黙ってうなずいていた。


偉そうに。だったらお前は持つんじゃねぇよ。

たいがいの若者がそう思うはず。


しかし今のこの状況で少しだけ理解できた。

自分も文明の利器に左右されている…。



そんな事を冷静に分析している自分に、またムカついた。


とにかく今はそれどころではない。全裸になり蛇口をひねる。


「冷てぇ」


心臓が止まるかと思った。


冷水は蛇口からではなく、無情にもシャワーから勢いよく降り注いだ。

すでに頭にくる余裕すら持ち合わせていなかった。


前に使った人間を思い浮かべながら冷水を頭から思い切り浴びた。


浴びながらタオルを忘れた事に気がついた。

踏んだり蹴ったりとはまさしくこの事だ。


その時、いきなりドアの向こうから声をかけられた。


「ヒロ!タオルないでしょ。 ここに置いとくよ。」


声の主はオフクロだった。

久し振りに声を聞いた気がする。


それにしても怖いくらいのタイミングだ。


「うるせぇよ!部屋で拭きたかったんだよ! 開けんなよな!」


精一杯の強がりだった。


「早く行けよ!」

「はい、はい。言われなくても行くよ」


何故か嬉しそうな返事をするオフクロが不思議だった。


以前、刺青を見られた事がある。


あの時のオフクロの取り乱し様はひどかった。
それからというもの絶対に見せない様、心掛けていた。



急いで浴室から上がり目にも止まらぬ速さで体を拭いパンツを履いた。

廊下を覗き、誰もいないのを確認してから階段を駆け上がった。


途中スネをぶつけ激痛が走った。


痛みを堪えながら部屋に入り、クローゼットを開けた。


服を選ぶ暇はない。 お気に入りのジャージを着てから一息ついた。


タバコをくわえ携帯の電源を入れた。

???…留守電のお知らせと共におびただしい数の着信が目に入ってきた。


「なんだよこれ…」

昨日までの履歴も全て残っていなかった。


見るまでもなく相手はわかっていた。


「あの馬鹿…」


同時に全てが理解できた。

充電が切れた理由。


真由美だった…


「面倒な事しやがって」

なんとも言いがたい複雑な気分だった。

嬉しさ三割、申し訳なさも三割、残りは怒りと診断した。


考えても仕方ない。

まずは急いで家を出よう。後はなんとかなるはず。

「それにしても寒いな」

冬の寒さが今更になって肌にしみてきた。


カーテンを開けて外を確認した。


言葉が出なかった…

こういう時、悪い事はよく重なる。


窓の向こうは眩しいばかりの雪景色だった。

となりの姉貴の部屋からドライヤーの音だけが聞こえてくる。


「きっとこいつがシャワーから切り換えなかった犯人だな…」ふと思った。


だが今となっては自分の前にシャワーを使った奴なんてどうでもよかった。


今にも折れそうな心を維持するのが精一杯だった。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫