《MUMEI》

 「……アナタの首を戴きに参りました」
陽も暮れかける夕の刻
不意に背後からそんな物騒な声が聞こえてきた
ソレがまさか自身へと向けられたものだとは思いもせず
大学からの帰宅途中だった広川 瑞希は
そのまま立ち止まる事はせずしそのまま歩く事を続ける
「……お待ちください。広川 瑞希さん」
途中、態々フルネームで呼ばれ
手首を唐突に掴まれた
「……手、痛ぇんだけど」
痛みを訴えれば、一応謝ってはくるものの離す気配はなく
吐息が触れるほど間近に相手の顔が寄り
その口元に不敵な笑みが浮かぶ
「……あなたの首を、戴きに参りました」
耳元で、また物騒な言葉が呟かれた
「……何、言ってんだよ。テメェ」
一瞬、何を言われたのか理解出来ず聞き返せば
だが相手はまるで菓子をねだるかの様な気軽さで改めて告げてくる
訳も分からず首を差し出せ
だが広川はこたえてやる筈もなく
そんな馬鹿けた話になど付き合っていられないと
相手の手を振り払うと、そのまま逃げる様に足早に歩きだした
「……逃がしません」
やはり引き留められ、肩を強く掴まれる
痛みを感じてしまう程のソレに、何とか逃れようと身をよじれば
だが不意に別の痛みを感じ、身動きがとれなくなってしまっていた
「……あ゛」
喉が潰れた様な呻き声を短く上げ、広川は身を崩す
自分自身、今一体何が起こっているのかが理解出来ないでいる
「……な、んで?」
感じる痛みと共に遠退いて行く意識
ソコで完璧に意識を飛ばせてしまえばどれほど楽だったか
だが中途半端にしかない痛みは、広川にソレを許す事はなかった
「……何故、と今更それを俺に聞きますか、あなたは」
さも以外といった様な様子の相手
だが問いに他する返答はなく
徐に、身動きが取れなくなってしまっている広川の首へと手を伸ばす
「……綺麗な、首筋だ。斬って捨ててしまうのが惜しいくらいです」
「何、で……?」
何故自分がこんな目に合わなくてはならないのか
痛みばかりに偏っていく脳みそを何とか駆使し、状況理解を試みた
だが分かる筈もなく、広川はそのまま意識を失ってしまう
「漸く私の手の中へと堕ちてきてくれましたか」
崩れおちる広川の身体を受け止め、相手は悦に入った声で呟く
「……ずっと、待っていましたよ。私の、愛しい人」
耳元で呟かれた愛の告白の様なソレを
意識を失ってしまっている広川が聞いている筈は当然にない
だが告げるだけで満足なのか
相手は満面の笑みを浮かべると広川を横抱きに
そのまま踵を返すと、何処かへと歩く事を始めたのだった……

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