《MUMEI》

ターニャの女性にしては大きめの手がエイジの背を力一杯に叩いていた
「痛ぇ――!」
「まぁ、何しに行くかは敢えて聞きゃしないけど、気を付けて行っといで」
ルカの事は心配いらないから、と手を振られ
エイジはそのままアリスに引かれ、半ば強制的に家をでる羽目に
「ちょっ……、待て!そんな引っ張んな!」
「……あなた、うるさい。少し位静かに出来ないの?」
呆れた様な表情をまた向けられ、エイジは反論に唇を開き掛ける
だがそれを察したのか、不意にアリスの唇がエイジのソレへと触れてきた
「……テ、テメェ、何しやがる!?」
「キスだけど。もしかしてあなた、初めてだった?」
刺して気に掛けてなどいないと言わんばかりのアリスへ
今問答するべきはそこではない、と異を唱えるより前に
アリスから、極上の笑みが向けられた
「これでアナタは僕だけのモノだよ。覚えておく事だね」
随分と勝手な物言いにエイジは改めていを唱え掛けるが
またしてもそれが事の葉として形を成すより先に
何かの気配に、互いが身を構えていた
「……二羽、あいつの手下だね」
背後にある茂みを僅かに見やりながら呟きて
(あいつ)とは一体何の事なのか
だが現状は聞ける様なソレではなく気配の中の一つが動きを見せた次の瞬間
エイジは素早く身を翻していた
その動きに逆らう事無く脚を蹴って回せば
それに弾かれたウサギは弾けるようにその姿を消していた
「……逃げ足の速い奴ら」
小走りに逃げて行くその様を見、アリスがつまらなそうに呟く
一羽くらい取って食えば良かったと恐ろしい事さえ口走るアリスへ
エイジは唯々溜息をつくばかりだ
「そんなに溜息ばかりついてたら今以上に老けるよ。あなた」
「……ほっとけ」
その原因を作っている奴が言うな、と
言い返してやりたい衝動につい駆られたがあて言わずに置いた
何を言っても結局は無駄
言葉を発する体力を無駄に消費するだけでこちらばかりが馬鹿を見る羽目になる
「……もういい。さっさと行くぞ」
「何所へ?」
「俺が知るか。テメェ、当てがあるんじゃねぇのか?」
「ある訳ないでしょ。そんなの」
鐘を捜しに行くという漠然とした目的はある
だがその為に何所へ向かえばいいのか
ことの当事者らしいアリスでさえ解っていない現状に栄治が溜息をついた、その直後
ソレを塞いでやる様に、アリスの唇がまた触れてくる
「……そんな顔しなくてもいいじゃない。アナタ、あんまり深くに考えこむと早くに禿げるよ」
もう若くはないんでしょ、と窺う様に顔を覗きこまれ
だが栄治はソレについては答えて返す事はしなかった
「ね、僕の話、聞いてる?」
「……聞いてるよ」
老けるだの禿げるだのと
口を開けばロクな事を言いやしない
見てくれの良さと、口の悪さが見事に反比例している
厄介な相手にとっ捕まったモノだと
エイジは深々と溜息をつくばかりだった
「そんな顔したって駄目。アナタは、僕と行くんだから」
余程面倒くさそうな顔でもしていたのか
アリスは逃がさないと言わんばかりにエイジの服の裾を握る
澄ました顔ばかり浮かべるアリスが見せた子供の様な仕草に
エイジはその不釣り合いな様に苦笑を浮かべながら
「……だったら、取り敢えず行くぞ」
服を掴ませたまま歩き始めれば
頷いたのを気配で感じ、後を付いて歩いてくる
その直後
突然に間近でけたたましい程の鐘の音が響き始めていた
遠くでなている筈のソレが、だが段々と近く絵と寄ってきている様な錯覚にとらわれる
「……気のせいじゃ、ないよ」
「アリス?」
「あの音は世界を壊していく音だ。だから、全て壊して、止めないと」
その為に行くのだから、と栄治より先をアリスは歩き始める
「……何、してるの?置いて行くよ」
後ろを態々振り返りながらの声に
瞬間縋る様な視線を向けられたエイジは苦笑を浮かべていた
男は思えない程の色気をふりまかれ、エイジは溜息を深く着いた
降参だと両の手を上げながらアリスの後へとついて歩く
その様を、後ろを僅かばかり向いて直りながら見ていたアリス
だが突然に前を見据えると
何かの気配を感じとたのか、腰を低く据え身を構えていた
「出てきたらどう?」
見据えた前方へと声を投げてやれば、四笑みの影が微かに動く

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