《MUMEI》

そして向かったのは、村を見下ろせるほどの小高い丘にある墓群だった
何故此処に来たのかは相田自身も分からなかったが
だがどうしてか来なければいけない様な気がして
辺りを、警戒に見回す
「あら。貴方も来ていたの」
気配を感じ向いてなお手見れば、そこには琴音がいて
相田へと向け、柔らかな笑みを浮かべて見せる
「……此処は、落着く場所ね」
辺りを見回しながら琴音は呟いた
墓石ばかりが立ち並び、重苦しい空気の満ちるこの場所の何所に安息のソレを見いだせるのか
その感覚が間には理解できなかった
「……私はね、此処から見える景色が大好きなの」
「は?」
「此処には、オヤクソクを交わす事が出来る指が沢山眠っているのだから」
満面の笑みを相田へと向けながら
琴音は徐に脚元の土を手で掻き始める
深く掘れば掘る程に現れ始める何か
まじまじと眺め見てみればソレは
腐敗した、ヒトの腕だった
異臭を放つそれを、琴音は躊躇なく手に取り
傍らにいた孤春へと差し出してやれば、噛み砕く音を立てながら孤春がソレを食べる事を始める
「指斬りげんまん、嘘付いたら針千本飲ます」
その孤春の様を見ながら琴音が徐に呼んだ詠に
孤春が反応するかの様に落ち着かなくなった
「……どうしたの?孤春」
琴子が歌う事を止め、その様子を伺って見れば
孤春が歌う事を止めるなと言わんばかりに琴子の着物の袖を引いた
「ごめんなさい。続きは、知らないの」
心底申し訳なさそうな顔を琴音はして見せ
そして孤春を抱え上げる
だが孤春は大人しく其処にはおさまってはおらず
琴音の腕を振り払うと相田の目の前へ
近くまでよると、不意に孤夏が姿を現わしていた
「……あなた達の狐。とても小さくて可愛いのね」
相田の指を甘噛みする様を見
琴音が微笑とも嘲笑とも取れないソレを浮かべて見せる
「……けれど、その子は(指斬り様)ではない。(オヤクソク)は、私にしか交わせない」
対峙する二匹の狐をまじまじ眺め見ながら
琴音は楽しげに益々笑う声を上げる
一体何が目的なのか
つい怪訝な表情をしてみせる相田へ
ソレを察したらしい琴音は孤春を更に抱き締めてやりながら
「……ヒトは、何かに束縛されなければ己を保てない。だから、指を斬るの」
まるでそれが常識だと言わんばかりの琴音に相田は深々溜息を吐く
だが構う事を琴音はせず
「あなただってそうでしょう?琴子との(オヤクソク)に縛られて、此処に在る」
まるで同情する様な言の葉を向けてきた
だが相田は向けられた憐れみを鼻先で笑い飛ばす
「馬鹿かテメェは。俺は誰に縛られてるわけでもねえ」
「……え?」
「此処に俺が在るのは俺自身の意志だ。確かにきっかけを作ったのはお譲だったがな」
「で、でもあなた……」
何か異を唱えようと口を開き掛けた琴音へ
「俺のことなんてどうでもいいだろ。それで?テメェは一体何が目的だ?」
その言葉を遮るかの様に問う事をしてやる
その言葉を遮るかの様に逆に問う事をしてやる
「何が、したいか。……私の意思なんて関係ないのよ。全ては、指斬り様の御心のままに」
相田の返答に虚をつかれた様な顔をしていた琴音だったが
ねぇ、孤春、と狐の毛並みを手で梳いてやりながら琴音は穏やかに笑う顔を浮かべて見せた
笑うその声をまるで合図に
相田達の脚元の土が次々に抉れて行く
そして現れたのは
すっかり腐敗し、最早原型を留めてなどいない人の腕だった
「……その指を、寄越せ」
ソレが一体何なのか、怪訝な顔を琴音へと向けるより先に
背後から聞こえてきたその声に相田は身を翻していた
其処に居たのは、あの指を食われてしまった男
琴音へと向け、指を欲するように手を伸ばしてくる
「……駄目よ。これが欲しければまず私との(オヤクソク)を間持て貰わなくちゃ」
嫌味なくその手をかわした琴音が笑んで向ければ
男は暫く無言の後、踵を返すとヒトとは思えない速さで駆けて行った
「「……追わなくて、いの?」
「は?」
「……あの男は私とのオヤクソクを果たしに行ったの。あの子の元にね」
何やら含んだ様な物言いの琴音に、だが相田はすぐに考えに至った
目的は、琴子
その事実に考えが至り、琴音を睨みつけると身を翻していた
「……行かせない」

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