《MUMEI》

暫くそのままで
漸く姿を見せたソレは一羽のウサギだった
見つかってしまった事に怯えているのか、小刻みに震えるソレを眺め見てみるとその首に
不自然なほどに大きい鐘が下げられている
「……アリス、一つ聞いてもいいか?」
「何?」
「テメェが探してる鐘とやらはアレじゃねぇのか?」
指差し、その事を指摘してやれば
だがアリスはソレを見てもなお
「そうだけど?」
余り反応がない
探しているモノが目の前にあるというのに何も動こうとはしないアリスへ
捕まえないのかを問うてみた
「……そんな疲れること、アナタに任せるよ」
頑張って、と背を徐に押しやられた
何か異を唱えて返そうとしたエイジだったが
やはり何を言ってみた処で無駄だという結論に自身の内で至り
目の前をまるで何も意に介さないように飛び跳ねて遊ぶそれを捕まえに掛った
「へぇ。もう捕まえたんだ」
それに至るまでに要した時間は時間とも呼べないほんの一瞬
耳を一つ括りにエイジはそのウサギを掴み上げてやる
「……捕まるなんて君、運が無かったね。皮を剥がれて食用にされたくなければその鐘、渡しなよ」
エイジが捕まえたウサギを正面から見据え、面の皮を横へと強く引っ張ってやれば
ソレに伴い伸びて行くウサギの顔
やはり痛みを感じるらしく、ウサギはもがく様に短い手足をばたつかせ始めていた
「……これ以上暴れたら首、へし折るけど、いいの?」
脅す様な物言い
言葉は通じずともその殺意は感じ取ったのか
ウサギがエイジの手から逃れようともがき始める
「……アリス、それ位にしとけ」
小動物を前に極悪な表情ばかり浮かべるアリスを取り敢えず宥めてやり
そのウサギの首から鐘を取るとアリスの手の平へと乗せてやった
「……あなた、甘過ぎるよ」
もう用は済んだはずだとウサギを逃がしてやったエイジへ
若干不手腐った様なアリスの声
頬すら膨らませて見せるその子供の様な様に
歳相応の表情も出来るのだと
エイジは苦笑を浮かべて見せる
「……何、笑ってるの?」
どうやらそれが気に障ったらしく、睨みつけてくるアリス
だがエイジはソレを気に掛ける様子もなく
アリスの頭を二、三度撫でてやると改めて先を歩き始めた
「あなた、何処か行く当てでもあるの?」
そのエイジの後ろを付いて歩きながらのアリスから問う声
エイジはそのまま振り返る事はせず
「……行く当て、テメェにはあるんじゃねぇのか?」
問いに対して問う事で返してやれば
「有る訳、ないでしょ」
何を言っているのかと
さも意外、といった様な表情が返される元より余り期待などしていない返答ではあったのだが
こうも予想通りのソレを返されると、やはり落胆も大きい
「……あなた、どうかした?」
当の本人は全く分かっていない様子で
やはり何を言っても無駄なのだと、エイジは徐に荷物から地図を取って出し広げてみた
「あれが逃げて行ったのは西、か。って事はウェスト・グリード方面だな」
一人言に呟き、地図を閉じれば
「行く先、決まったの?」
アリスが顔を覗き込み問うてくる
決まった、と告げてやり地図を指差して見せてやれば
納得したのか、すぐに歩き始めていた
「……何してるの、早く」
付いて来い、と促され
エイジは僅かな溜息に肩を落とすと
唯黙々とその跡を付いていたのだった……

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