《MUMEI》

 「あら、瑞希。気が付いたの?」
気を失い、そして次に目覚めたのはどうしてか自分の部屋だった
「……生きてる」
斬られた筈の首筋へと確かめるかの様に手を触れさせれば
だが触ってみる分には無傷らしい其処に、広川は取り敢えず安堵の溜息を洩らす
「……アンタ、道端で倒れてたらしいじゃない。一体どうしたの?」
「は?俺が?」
「そうよ。それで槐君が此処まで運んできてくれたんじゃない」
礼を言っておくように、との母親の背後から現れた一人の男
瞬間は誰か認識することが出来なかった広川だったが、すぐに事の次第を思い出す
「……テメェ、一体何モンだよ」
睨みつけてやれば
だが相手は気に掛ける様子もなく穏やかに笑んだまま
その事に更に腹が立った
目の前の人物は突然に首を切りつけてきた相手
到底快く思える筈もない
「瑞希、アンタ何言ってるの?お隣の槐君じゃない」
「隣って、何言ってんだよ。隣にこんな奴……」
「瑞希」
居なかった、と続ける筈だったその言葉は
名前を呼ばれ唐突に手首を掴まれたその驚きで消えて失せた
不快感を覚えその手を振り払おうと試みるが無駄で
そのまま引きずられる様に部屋を連れ出されていく
「オバさん。瑞希、何か色々混乱してるみたいだから、ちょっとその辺散歩してきます」
「そう?気を付けてね」
「はい。行こう、瑞希」
有無を言わさずに手を引かれ
振り払う事の出来にあソレに、広川は成す術なくされるがままだ
「……離せ」
途中、いい加減解放されない事に焦れ
広川が訴えれば、だが返答はなく
「離せってば!大体、テメェ何モン――」
等々喚き始めてしまった広川へ
相手は不意に、掴んだままの手首を捻り上げてくる
腕全体があらぬ方向へと曲げられ、広川は苦痛に呻く声を上げた
黙れと言わんばかりのそれに耐えきれず
その場に座り込んでしまった
「痛かったですか?それはすいません」
謝罪の言葉もぞんざいに、相手は広川を横抱きに抱え上げる
そして歩き始めた相手に
何所へ行くのか、今度は怒鳴る事を堪え、静かに問うてみる
「……俺の家です」
端的な答えが返され
それ以上、相手はないを言う事をせず歩き続け
そして不意にその脚が止まった
「着きましたよ」
連れ込まれたのは近所にある廃屋
人など到底住める状態ではない其処へ
だが相手は意に介することもなく中へと入ってく
「……槐、鬼首もう手に入れてきた」
薄暗く、窺う事の出来ないその奥から聞こえてきた声
「……男」
姿を現したのは、表情乏しい和装の少女で
広川を見るなり小さく呟いた
「……槐、これどうするの?」
「どうする、とは?」
「必要なのはこの首だけ。あとは必要ない筈」
処分しては、との声に
暫く無言でいたその男・槐がわすかに肩を揺らし
だが何を返すこともせず屋敷の奥へ
其処に敷かれている朱色の敷布へ、槐は広川の身体を放り出す
「……痛ぇ。テメェ何する――!」
そのぞんざい過ぎる扱いに異を唱え掛けた広川
だがその抗議の声は突然首へと巻きつけられた朱の糸の締め付けによりくぐもったソレに変わった
呼吸ができるか出来ないか
その微妙な感覚に広川は身を捩り、どうにかそれから逃れようと試みる
「無駄です。瑞希」
もがくばかりの広川へ槐は満面の笑み
まるで抵抗そのものを望んでいるかの様にその様はひどく楽し気だ
「……おま、え、一体、何、が目、的なんだよ?」
段々ときつくなっていく締め付けに途切れる声
それでも何とか問う事をしてみれば
「……またそれですか。貴方も大概しつこいですね」
呆れた様な声が返ってくる
だがこの状況を、納得はできなくても把握はしようと
広川はやはり槐へと問う事をしてやる
「……今は話すべきでないから話す事をしないんです。もう少し、待っては戴けませんか?」
お願いします、と乞われ、漸く首の拘束が緩む
開いた気管が急激に酸素を肺へと取り入れ
広川がつい噎せてしまう
「苦しかったですか?」
「当然、だろ。あんなことされりゃ誰だって……!」
「あなたを傷つけたかった。俺の付けた傷だけがあなたの身体に痕として残る様に」
「この、変態野郎……!」
悪態をついては見るが、槐は気に掛ける様子はない
満面の笑みを向けられたかと思えば

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