《MUMEI》

「お嬢?」
一体何を語り始めるのか
怪訝な顔を相田がして向ければ
だが琴子は何を返す事もせず、相田の唇へ自身のソレを重ねていた
この瞬間、彼女を支配しているのはおそらく恐怖と不安
余り表情に出す事はしないが
抱いて返してやったその身体は小刻みに震えている
「……浸かり続ければ、何もかもを失ってしまう。温もりも、私自身も」
落ちて堕ちて、最後に嵌る
脚を取られ其処から出て来られなくなってしまう、と
何度も呟いた
「……大丈夫だ、お嬢。大丈夫」
一向に怯えの色ばかり見せる琴子へ
相田は少しでも宥めてやる事が出来れば、と
幾度となく耳元で大丈夫ばかりを呟き
そして徐に自身の着物の袂に手を入れる
其処から取って出したのは
以前、琴子がオヤクソクの証だと髪に添えてきた紅の花
ソレを同じように琴子の髪へと添えてやる
「……まだ、持ってたの」
湯に濡れ、すっかり形を失くしてしまっているソレを見、だが持っていたという事に何故か安堵をおぼえ
琴子が漸く薄い笑みを浮かべて見せた
青白く、血の気が引いたままになってしまっていた頬にも赤みが戻り
相田も安堵に肩を揺らす
「……黒、お願いがあるの」
「何だ?」
改まった様なソレについ聞き返してやれば
「……指塚に、連れて行って」
思いもよらない申し出
強く袖を引かれ、その頼みが余程切なそれなのだろうと
相田は何を返すより先に頷いて返し
湯から上げてやると、真新しい着物を着つけてやる
「すぐ、出掛けるか?」
長い琴子の黒髪を櫛で梳いてやりながら相田が問うてみれば
肩越しに頷いたのが知れる
仕上げにと椿油を手の平に馴染ませ、髪を撫でてやった
「……ありがと」
短い礼の後、琴子は着物の袷を正し踵を返す
先へ先へと歩いて行く琴子の手首を、相田が途中掴んで止め
引き寄せると、ふわり肩の上へ
「黒……?」
突然のソレに琴子は窺う様に相田の方へと向いて直れば
だが相田はないを答えて返す事もせず
草履を突っ掛け庭へと出ると、土を蹴り宙へと舞った
集落を遥か眼下に眺められる程の高さまで上るとすぐに
目的の場所を見つけたのか、降る様に降りて行く
降りた其処にあったのは、指塚
代わることなく其処に鎮座し続けるソレに
だが明らかにこれまでとは異なる空気が其処には満ちている
「……何なの、これ」
改めて見た其処には
切り捨てられた指ではなく
塚を覆う様に大量の紅花が咲き乱れていて
その紅の中に、人影を一つ見た
「……綺麗でしょう。とても」
其処に在るのは、琴音で
相田達の気配にゆるり踵を返し、正面から見えたその姿に相田達は驚き、そして言葉を失ってしまう
「どうか、した?私の姿、何かおかしい?」
相田達の様子に琴音が首を傾げて見せ
一体何がおかしいのかをまた問うてきた
「……アンタ、此処で何をしていたの?」
問いに返してやる事はせずに問うて返してやりながら
琴子は不意に琴音の手を窺う
見てみれば、その手には全ての指が無く、赤黒い血が手の平に濃く固まっていた
「これの、事?これが、どうかしたの?」
問われる事がさも意外だと言わんばかりの顔をしてみせながら
だが琴音が何故か不意に満面の笑みへとその表情を変える
「……私のお約束が漸く果たされる時が来たの。私はアナタに、琴子になるんだから」
「……アンタ、何、言ってるの?」
意味不明な物言いを始めた琴音訳が分かる筈もなく琴子が問う事をすれば
「……あなたには、解らない。影である私の気持ちなんて!」
語気も荒く、言の葉を紡いで行く
「私は、救われたいの。あなたの代用品として此処にあるのではなく、私自身としての存在意義が欲しいの」
段々と怒りに昂っていく琴音の感情
ソレに同調するかの様に、傍らに付き従っている孤春が、その身体を巨大なソレへと変化させていた
「……指斬り様は、救い。この子が、私の望みを、叶えてくれる」
縋る様に孤春の身体へと身を寄せながら
そして徐に、琴音が集落の方を指を失ってしまっている手で指し示す
「……指を、斬りに行きましょう。あそこになら、大量にあるから」
言葉も終わりに飛んで消える琴音と孤春
突然のソレに、相田はすぐさま琴子を肩へと担ぎあげ、のそ後を追うた

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