《MUMEI》
かんさつ2
 「主殿!見てくれ!」
草を自宅に住まわすようになってからのとある日の休日
早朝から何やらを見せたいとのくさに呼び止められていた
面倒だと思いながらも、これで無視しようものなら更にうるさくなるだろう事を予想し一応は向いて直る
「何だよ?」
「今日はなすびだぞ」
「は?」
「奥方―!今日の夕飯はマーボー茄子なんていかがかな
!?」
自身の花から収穫したらしいその茄子を頭上へと抱え上げすずへとみせるくさ
庭にて洗濯物を取り込んでいたらしい鈴がその声に向いて直り
「美味しそうなお茄子ですね。智一さん、今日のお夕飯マーボーなすでどうでしょう?」
嬉しそうに満面の笑みを九重へと向けて来た
その笑みを向けられてしまえば九重に否を唱える事など出来る訳もなく
仕方ないと肩を揺らし、頷いて返してやる
「楽しみにしてる」
鈴の耳元へ声を寄せて、その旨伝えてやれば
笑みはそのままに頷いて返してくる
「じゃぁ私、その他のお買い物に行ってきますね」
洗濯かごを置き、鈴は出掛ける為の身支度を始め
それを眺めていた九重は
「俺も行く」
付いて、出掛ける際の身支度を始めた
珍しいその申し出に瞬間驚いた様な鈴だったが
すぐ嬉しそうな表情を見せ、咲とさくらを乗せるための乳母車の用意をはじめる
「じゃ、行きましょう!」
二人を乳母車へと乗せ、九重と鈴は近所にあるスーパーへ
向かおうとした、その直後
「……我を、置いて行くのか?奥方」
背後から何やらもの悲しげな声が聞こえてくる
一人ぽつりと取り残されるくさ
その寂しそうな表情に、鈴が後ろ髪を引かれない筈がない
「……智一さん」
草を腕に抱え、何かを訴える様な鈴の表情
何を言うのか、それは言わずもがな
こうなってしまっては、九重に何を言う事も出来なかった
「……ばれないように気を付けて連れてけよ」
「はい!」
お礼にと満面な笑顔を向けられ
九重は更に苦笑を浮かべる
「……奥方にめろめろだな。主殿」
すぐ後、傍らからくさのからかうような声
九重は正面を見据えたまま徐にくさの花部分を掴み上げ
「……今すぐこの花引っこ抜かれるのと、外に放り出されるのどっちがいいか選べ」
据わった眼で草を睨みつける
その形相の恐ろしい事
くさは瞬間言葉を失い、どちらも御免被る、と懸命に首を横へ振っていた
「主殿、目が本気と書いてまじなソレになっているぞ!」
「当然、マジだからな。で、どっちにする?」
どうしてもどちらかを選ばせたいらしく
凄んで問い詰める九重
ソレを、鈴が止めてきた
「眉間に皺、駄目ですよ。智一さん」
「鈴……」
「それに、くささんをそんなに苛めるのも駄目ですよ」
仲良くしてください、との鈴からのソレに
九重は苦笑を浮かべながらくさの方を窺い見る
鈴の言う通りだと言わんばかりに胸を張るくさに腹が立ったが、鈴の手前何とか堪えた
「そろそろ、行くか?」
九重の声に
鈴は頷くと徐に草を抱え上げ、普段はあまり使わないリュックを持ち出し其処へ草を入れ始めた
「どうですか?智一さん」
隠れているか、と確認を取ってくる鈴
九重はその様を眺め見、困った様に髪を掻き乱す
「……隠れてる、って言うんだろうな。これ」
確かに、リュックの中へ納まりはしている
だが全てが収まった訳ではなく
入りきらなかった顔だけがはみ出している状態で
見ていて、頗る奇妙な光景だ
「……もう少し、でかいのないのか?」
「これじゃ、駄目ですか?」
「……いや。ダメって訳じゃねぇが……」
これでは何のためにくさを袋に入れるのか分からない
「じゃ、出発しましょう!」
結局、それ以上はなにを言ってみても無駄で
九重はそのまま買い物へと出かける羽目に
「智一さん。早く、早く!」
「解ったよ。そんなにはしゃぐな。転ぶぞ」
子供の様にはしゃぐ妻の姿は可愛らしいと思う
だがその背中には何故か、にやついたくさが居座っていて
それだけは、腹が立った
「智一さん?」
どうかしたのか、と振り返ってくる鈴
相も変わらず可愛らしい笑みを向けられてしまえば
何を言う事も九重には出来なかった
「……ま、たまにはこういうのも、悪かないか」

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