《MUMEI》

「……本当に、馬鹿な子」
「お嬢?」
「……アンタが一番救われていない事に、何故気付かないの?」
愚か過ぎる、と憐れんでいるのか嘲っているのか解らない表情
それを視界の隅に捕え、だが相田はないを返す事もない
「……あの子を、止めないと。黒、付き合ってくれる?」
「勿論」
自分はその為に居るのだから、との相田へ
ソレまで強張っていた琴子の表情が漸く緩んだ
「……ありがと」
耳元でのその小声を聞き相田も返す様に肩を揺らし、そして歩く事を始めた
集落へ段々と近付くに連れ重苦しく圧し掛かってくる空気
そして目の前に広がったその様に
相田の脚は止まり、琴子の身体がまた強張った
「面白いモノを、持っているのね。琴音」
其処にあったのは琴音の姿
面白いモノ、と琴子差したそれは
琴音の半身から映える様に姿を現わしている巨大な白い何かだった
元々は個々であった筈のその二つに今は境はなく
中途半端に筆でなぞった墨の様にあやふやでしかないソレに
異様な気配しか感じられない
「……指を、寄越しなさい」
ソレは一体誰に向けた言の葉か
その声に呼応するかの様にその影は広がり辺りが騒然とする
突然のソレに村中の人間が逃げる事を始め、だがそれを許さないとでも言うのか
白い影が瞬間、獣の姿形を成し、人々へと喰って掛る
成す術等何も持ち合わせていない人々の叫ぶ声が至るところから聞こえ始める
「黒……!」
琴子の短い声に
何かを理解したらしい相田は僅かに頷き、抜刀
影と人々の間を隔てる様に立ち、刀を向ける
「……また、あなたが邪魔をする」
「これが主人の望みなんでな」
努めて素気なく言いながらも、相田は琴子を庇う様にまた立ち位置を変えていた
「……どうして、琴子ばかり。どうしてなの!?」
自分には自分を守ってくれる存在など一度だっていなかった、と
癇癪を起したかの様に喚く事を始めた琴音
琴音の感情が負のソレに高まれば高まる程
影はその大きさを増す
「……私を、必要として。私は身代わりなんかじゃない。私は――!」
白い影に呑まれ、徐々にその姿が消えてしまっている琴音
だがその事にくづけぬ程に
居間の彼女は自身が個で其処にある事を欲していた
「駄目。これ以上大きくしてしまったら、もうどうする事も出来ない……!」
空気は重苦しいまま震え始め、土には罅が入る
全てを壊し始めてしまった琴音に、琴子が呟く
手の打ちようが最早なく、八方塞がりとなってしまった状況に
相田が憎々しげに舌を打てば、不意に孤夏が姿を現わしていた
琴子を落ち付けてやる様に身体を擦りつけると
孤春と同様にその身体を巨大なソレへと変化させる
「……孤夏、お願い。あの子の指を、結ってやって」
オヤクソクから解放してやって欲しい、と
琴子のその訴えを解したのかしていないのか
孤夏は鳴く声を高く上げると琴音の元へ
「何、なの?私は、あなたなんて必要ない。私はもう――」
オヤクソクを交わしているのだと続ける琴音
だが孤夏は構う事はせず琴音の手へ自身を触れさせて
孤夏が柔らかく触れているその場所から指が元に戻っていった
「……何故?私の指が、戻っていく。嫌……私のオヤクソクが、消えてしまう
!」
嫌々と髪を振り乱す
動揺に焦点が定まっていないその視線で琴子の姿を捕え
止めさせようと手を伸ばしてきた
その琴音の喉元
やはり琴子を庇いに中を割って入った相田の切っ先が触れる寸前で止まっている
「……邪魔、ばかり――!」
「お痛ばかりするアンタが悪いのよ」
「違う!私はオヤクソクを守ろうとしただけ!だって、そうすれば――!」
「(私)になれるとでも思ったの?馬鹿ね」
「!!」
「……私は消えたりなんてしないわ。だから身代わりなんていらない」
居て終わりに相田へと目配せする琴子
何を訴えたいのかを理解したらしい相田は頷いて返し、刀を翻した
向けられた切っ先
その恐怖に鳴る悲鳴
その高い音はすぐに消え、琴音の首が音もなく土へと落ちて行く
だが血液は飛散することなく、琴音の全身は瞬間花弁へと化し散り散りに舞って行った
「……もう、アンタも眠っていいのよ」
消えて行く琴音の傍ら
二度とヒトの欲に中てられることがない様に、と

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