《MUMEI》

傍についていた孤春へと言って向けてやればその姿が段々と薄く消えて行く
せめてもの餞にと、琴子は孤春へと笑みを浮かべてやっていた
「さよなら」
別れの言葉と同時に、孤春の姿も消えた
後に残ったのは静寂
今はその静寂すら何故か耳に痛い
「……黒、帰りましょ」
これ以上此処に居ても何も出来ない、と帰宅を促す琴子
相田はないを返す事もせず唯頷いて返し
琴子の身を肩へと担ぎあげると、そのまま帰路へと就いた
その道すがら
ソレまで大人しくついて歩いていた孤夏が帰路を外れる一体どうしたのかその後を追うて見れば
行き付いた、指塚
何らかの衝撃で壊れてしまったのか指塚は真っ二つに割れ
その中に、何かが在るのが見えた
「……あなた、こんな処に居たのね」
砕けた岩の中から現れたのは腐敗した人の亡骸
人である事が辛うじて解るという程度まで朽ちてしまっているソレに
琴子は返答を求める事はせず
だが語る事をする
「……あなた、昔からこういう事、好きだったものね。琴音に下らない入れ知恵をしたのもアナタなんでしょ」
指きり様とオヤクソクさえ交わせば琴子の代わりになれる
代わりでしかない存在を個のそれとして認めてもらえる、と
「……もう黙って死んでて。もう――」
「お嬢」
言葉も途中に
ソレを止めてやる様に相田が背後から抱いてやれば
その身体が小刻みに震えて居るのが知れた
「黒……。私にはこの亡骸が父様に見える。アンタは、どう?」
既にそれを判断する事は出来なかったが
そうであって欲しくないと、別の答えを期待し相田へと問う事をする
「……どうだろうな。俺には分からんよ」
ソレが琴子の望む答えであったかは解らない
だが琴子は微かに笑みを浮かべた
「……ありがと。アンタのそういうとこ、好きよ」
抱きしめたままの相田の手を握り返し、琴子が俯く
今、彼女がどんな表情をしているのか、間には窺う事は出来ないが
せめて目の前の現実の残酷さに耐えられるように、と
さらに強くその身を抱いてやった
「ね、黒」
「何?」
「発火布、貸してくれる?」
おもむろなその言葉に
だが何をするのかなど言わずもがなで
袂へと手を差し入れ、それを琴子へと渡してやる
「……もう、二度と現れたりしないで」
感情の籠らない声で言葉ない亡骸へと告げると
手近な松の枝をやはり手折り、それに火を付けた
亡骸へと燃え移ったソレがその全てを灰と化すまでそう時間は掛らなかった
「……帰りましょ。疲れちゃった」
事の結末としてそれを見届けた琴子が相田へと向いて直り
帰るのだと改めて言って向ける
確かにこれ以上此処に居る必要はない、と相田は琴子を抱え上げ
黒く焼け朽ちた亡骸に一瞥をくれてやると、そのままその場を後にしたのだった……

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