《MUMEI》

 漸く帰宅の途についた頃には既に夜も更け行った時分だった
途中寝入ってしまった琴子を床へと就かせてやり
相田は一人縁側にて酒を煽る
今宵、満月
丸いソレを、酒の満ちた猪口に映しながら、相田は夜風に身を晒していた
「……寝ないの?」
暫くして、微かに襖の開く音に振り返ってみれば
起きてしまったのか、琴子がそこに立っていた
「悪い、起こしたか?」
申し訳なさげに言ってやれば、琴子は緩く首を横へ振り
そのまま、ないを言う事もなく相田の膝の上へ
そして相田がしていた様に空を見上げる
ささやかな光を降らす満月へと手を伸ばして見れば
何も触れる筈のない指先に何かが触れ
ソレがないか伺ってみた
「……孤夏?」
触れてきたソレは孤夏で
月明かりに照らされ、その姿は淡く陰って見える
「アナタも消えるの?」
お稲荷様は二心一体
一方が消えてしまえばもう一方も同じ様で
琴子へと答えて返すかの様に孤夏が高々となく声を上げれば
瞬間、孤夏は霧の様に飛散し、その姿は完璧に消えていた
ソレと時同じくして辺り一面を覆い尽くすかの様に紅花が咲き始める
「……これ」
鮮やかな紅に中てられ驚く琴子
ソレは集落中に咲き始めたらしく、至るところから驚く様な声が聞こえてきていた
「……とても、綺麗ね。ありがと」
この景色を残してくれた孤夏へと礼を呟き、琴子は庭へ下りる
その中の花を一本手折ると、琴子がその花弁へと唇を触れさせ
そしてその花を相田の髪へと添えてきた
「お嬢?」
どうしたのかを相田が問うてやれば
だが琴子は何を返す事もせず、また相田の膝上へと腰を降ろす
凭れた胸に全てを委ねてしまえば
相田が微かに肩を揺らし、そして琴子の髪を手櫛で梳き始めていた
「……アンタは、消えないで」
されるがままにされている琴子からの徐な言葉
常に傍らにあって欲しい
髪に添えた紅の花はそのオヤクソクの証なのだ、との琴子
珍しく求めてくる琴子へ
相田はその花弁を一枚千切ると、指の腹ですり潰し
着いたその紅を琴子の唇へ
添えてやり、そのまま自身のソレを重ねてやった
求められた事への返答がこれだと
相田は永遠のオヤクソクを琴子と交わしたのだった……

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