《MUMEI》

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「…なに、これ?」



冷蔵庫のドアに素っ気なく貼り付けられた一枚のメモ紙を見つけ、取っ手を掴んだまま間の抜けた声で呟いた。
聞こえていない筈はないのだが、それに対する返事は、無い。代わりにつけっぱなしのテレビから男と女の気だるい英会話だけが、虚しく流れてくる。確か、『ビフォア サンライズ』という題名のDVDで、彼女が「一緒に見てほしい」と珍しく提案したことを思い出した。

俺はリビングに顔を向け、ねぇ、と声を張る。

「これ、なんなの?」

2回目の問いかけで、リビングでテレビを見ていた彼女が振り返った。いつもと変わらず、キレイな顔立ちだった。

彼女は俺と冷蔵庫のメモ紙を交互に眺め、「あぁ…」と冷めた声で呟く。

「教えてもらったの」

「誰に?」

「近所のお寿司屋さんに」

「なんで?」

「変なヒトがいたから」

淡々とした口調で彼女が答えた時、テレビから俳優のスカした笑い声が湧いた。彼女は再び、視線をテレビへゆっくり戻す。俺もそれ以上何も聞かず、もう一度冷蔵庫のメモ紙を眺めた。

メモ紙には、『帰宅時間を知らせてまわってもらう』『心当たり』『生活安全課に相談』『特徴などを伝える』『パトロール』という何やら穏やかではない走り書きと、何処かの電話番号が書かれていた。

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