《MUMEI》

メモの内容を確認してから、俺はまたリビングにいる彼女へ、ねぇ、と声をかけた。今度はちゃんと聞こえたようで、「…なに?」と彼女は面倒くさそうに振り返って答える。どうやらDVDに集中していたらしい。俺は彼女の目を見つめて尋ねた。

「『変なヒト』ってなんだよ?」

その質問に、彼女は一瞬眉をひそめた。明らかに不満げな表情だった。

「先週、変なヒトがマンションの前でウロウロしてるって、電話したじゃない。怖くて家に帰れないって」

批難がましくそう言われたが、はっきりと覚えていなかった。そんなこともあったような気がしたし、そんなことは無かったような気もした。俺が、そうだっけ?と首を捻ると、彼女は「そうよ」と語気を強めた。

彼女の話によれば、先週半ばの仕事帰りに、駅から自宅のマンションへ向かうと、マンションの入口に不審なオッサンが立っていたらしい。そのオッサンは駐車場に停まっている車の中を眺めたり、忙しなくキョロキョロと周りを見回したり、時折、マンションの部屋をじっと見上げたりしていたそうだ。
駅近のマンションだが、夜も遅く人通りもほとんど無い場所だけに、彼女は不安になり取り合えず俺に電話をかけたのだという。

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