《MUMEI》

メモ紙を「捨てといて」と言われたものの何となく気が引けて、俺は、取っておいた方がいいんじゃない?と適当にその場を誤魔化しつつ、ようやく冷蔵庫の扉を開いた。


冷蔵庫の中には手作りのおかずが小さなタッパーに詰められて、所狭しと几帳面に並べられていた。
出逢った頃、あまり家事が得意ではないことをなぜか得意気に話していた彼女だったが、ほぼ毎日きちんと自炊して食事を摂っていた。部屋を訪ねると、玄関のすぐ側にある狭いキッチンに立って料理中の彼女に出くわすことも、よくあった。

料理は好きなのかと思ったが、彼女が自炊する理由は、『外食やコンビニ弁当は出費がかさむから』という、至って単純でどこにでも転がっていそうなものだった。


そんなことをぼんやり考えながら、俺はその冷蔵庫の奥の方にあるビールを取り出し、リビングへ向かう。

ソファの上で、じっとテレビを見つめたまま身じろぎすることのない彼女の隣に腰を下ろした。彼女は依然としてDVDに入り込んでいるらしく、振り向きもしなかった。
俺もそんな彼女を気にも留めず、さっさと缶のプルトップを開ける。プシュッと炭酸が弾ける音と共に、ホップのほろ苦い薫りがフワッと立ち上がった。

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