《MUMEI》

この映画は、ユーロトレインで知り合った若い男女が一緒に途中下車して、ウィーンの美しい街を歩きながら、夜明けまで他愛もない話を繰り広げるだけのストーリーだった。ド派手なアクションや、巧妙なトリックもない、ただただ単調なだけの映画。

彼女がどうしてこの映画を食い入るように真剣に鑑賞することが出来るのか、頭の悪い俺にはさっぱりわからない。


テレビの画面から視線を外し、再び彼女を見た。キレイな横顔は、まるで彫刻のように微動だにしない。

その彼女の形の良い、ほんのり赤い唇を見つめながら、俺はゆっくり呟いた。

「土曜日なんだけどさ…」

何だか言い出しづらくてそれ以上は言葉が続かず、つい黙り込んだ。彼女は、「うん…」と小さく唸るように答える。俺の話に興味が無いだけなのだろうが、その素っ気なさが余計に話を続けるのが気が引けた。

気休めに、俺はソファの背もたれに体重をかけてゆっくり深くため息をついてみた。何となく気持ちが落ち着いた気がして、思い付くままノリで言葉を紡ぐ。

「友達と泊まり掛けでキャンプに行くから、土曜日の夜、会えないんだよねー」

一息にそこまで言った。良かった、言えた!ホッと胸を撫で下ろす。

彼女はやっぱり反応しなかった。ただ、「…ふぅん」と曖昧な相槌を打っただけで、その他には何も言わなかった。

二人の僅かな間に沈黙が生まれた。それは錘のように、俺の両肩にのし掛かってきた。それを振り払うようにビールをあおる。苦いだけの味が口一杯に広がり、俺は眉根を寄せ、深く息を吐いた。アルコールの薫りが鼻孔を擽る。

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