《MUMEI》

「二郎、ほれ買物袋。
早く帰って来いってメール着てたよ。」

木下先輩の間に自然に割り込んで、促す。
俺は気付けなかったが、どうやら木下先輩はストレスを感じていたようだ。
木下先輩の後ろ姿が見えなくなるまで、俺達は黙りこくる。


「よいしょ。ほら。」

ウチ先輩は違和感無く、俺を隣に座らせた。


「……帰ります。」

居心地の悪さに立ち上がろうとしたが、ウチ先輩は膝に手を置いて制止された。


「いいじゃん、お前もう刃物持ってないだろう……?睨むなよ。」

皮肉混じりの返しだ。


「視力落ちてるんですよ。老眼ですかね?」


「老いには勝てないよな。」

ごくごく普通のおっさんが交わすような話だ。


「……図々しく話し掛けてすみませんでした。」


「俺を通して欲しかった、言っておくけど、お前は膨大な記憶の一部でしかない。それでも、特別な感情を通じ合えてたのは確かだ。
あいつの情の深さは憎しみを憚らせて精神を押し潰す……壊れないようにする処方箋がアレだよ、忘れてしまうんだ。
馬鹿みたいに、安西をどこかで愛してたから、お前との記憶は特にぽっかり忘れてた……二郎が忘れてなかったら俺はお前の顔を見るのも嫌悪したよ。」

ウチ先輩は俺に感情をぶつけてくれるので気持ち良い。


「嫉妬ですか。」


「お前のじゃない、俺の罪だ。
あいつが勝手に、浮気したと思ってるんだ。可愛いだろ?
罪悪感だよ。
二郎は傷付いた分、いつも俺を許してくれる。
お前は一生許されることは無いよ。
俺は忘れていないからな。
もっと酷いやつらはいっぱい居た、けど二郎が心に受けた傷は消えてない、信じてる分裏切られると怯えながら愛し続けている。」

ウチ先輩は俺に鋭く切り付けてくる。


「ウチ先輩は恐ろしくなりませんか。そんなもの返せないのに、俺には資格が無いのに、まだ図々しく愛されることを止めない。」


「……お前、恋してるの?」

ウチ先輩の口から思わぬ言葉が飛び出した。

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫