《MUMEI》
アケチヨシヒコ
「何があったんだよ。」


山男は善彦の言葉に怪訝な顔で問いかける。

「俺はさ、陸上が好きで部活に励んでいた訳じゃないみたいで。」
「?」
「陸上部の割に、俺は走るの遅いんだ。」

理由を話しだしたと分かった山男は黙って聞く事にしたようで、善彦も相づちを待たずに続ける。

「でも、高跳びだけは何故か記録が良くて。練習を重ねれば重ねるだけ高く跳べる様になるのが嬉しくて、それが楽しくて、毎日一心不乱に練習してたんだよ。」

「ふーん?」

あまり興味の無さそうな山男に少しだけ苦笑しながら善彦は続ける。

「でもさ…」

言いながら、善彦は山男が座る席の隣の机に腰掛ける。

「行儀悪いな…」

「大目に見ろよ……スレシルになってから、急に、高跳びの成績が伸びたんだよ。」

「高跳びの?」

「あぁ。」

「んな、まさか。魔法使える様になったからって、別に運動能力なんか変化してないだろうが?」

さらに怪訝な顔をする山男に視線をあわせようとはせず、善彦はなおもグラウンドを見つめている。


「普段の生活に関しちゃ、大した変化は無いよ?たまにパワーが溜まりすぎて気持ち悪くなる位で、適当に発散すりゃ治るし。」

「あぁ。」

「でもさ、高跳びは、毎日毎日、自分の身体と向き合いながら調整して、鍛えて、偶然じゃなく、自分の力で新しい記録を出せる様に練習してきたんだ。突然、身体が成長を始めたら気付くよ。」

「成長期ってのでは計り知れない位の勢いなのは、俺でも分かるけど。」



「俺たちまだ高校生なんだよ。なのに、身体だけ一足先に進もうとしてやがる。」

山男は、壁にもたれていた背中を離し、再び窓に腕を乗せ、さらにその上に顎を乗せ外を眺める。
なんとなく善彦の顔を見ていてはいけない気がしていた。


「いきなり大学レベルの記録出しちゃったらさ、もうやってらんないよ。周りに悪いってのもあるけど、それ以上にバカらしくなった。今までの俺の努力ってなんだろう。って…先生も突然目掛けるようになってさ。

そう思ったら、もう部活行く気失せた。」

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