《MUMEI》

だがエイジは慌てる様子もなく、動く方向を推測し、着地地点へと脚を振るった
何かを蹴りつけた感触
確認するように脚元へと視線を落とせば、そのウサギが転がっている
痛みに痙攣をおこしているらしいウサギの耳を一括りに掴み上げるとその場を後に
気付けば鐘の音も止み、アリスの体調も回復しているだろうと病室へ
戻る途中、正面からどうしたのか随分と慌てた様子の看護師が走ってくるのが見えた
「エ、エイジ先生!」
近い距離にも拘らず大声で叫ばれ
何事かと、エイジは怪訝な表情
だが取り敢えずは相手を落ち着かせ、何があったのかを問うてやる
「……せ、先生のお連れさんの病室に突然変な人が入ってきて……。私、その人に追い出されてしまって……」
「変なヒト?」
「お連れさん、ひどく怯えていた様でした。せんせい、早く行ってあげて下さい」
看護師に急かされ、エイジは踵を返し走り出す
ソコヘ近づけば近づくほどに
先程感じたそれよりも重苦しい空気が辺りには満ちていて
明らかに異常であるその様に、アリスの様子が気に掛ったエイジが戸に手を掛けた
その直後
中から何か争う様な物音が派手に鳴ったのを聞き
「アリス!?」
何事が起ったか、中へと飛び込む様に入って見れば
其処に見知らぬ人物の姿があった
「……これが、お前の兵隊か。随分と軟弱だな」
僅かに嘲笑を向け、ゆるり振り返ってきたその姿に
エイジは瞬間言の葉を失う
身体は確かにヒトの型、驚くべきは首から上で
人の身には到底そぐわないウサギの頭が其処にあった
だが驚く事も程々に
アリスの上に伸し掛かっているその身体を退けてやろうと
エイジは脚を蹴ってまわす
ソレは正面からまともに入り、相手は避けきれなかったのか
後方へと弾かれるように飛んでいた
「人の割にいい動きをするな」
壁にぶつかる派手な音
決して柔らかくない筈の土壁を砕いておきながら平然とした表情のままの相手に
改めて身を構えながら、エイジは怪訝な顔だ
「……お前、何モンだ?」
アリスを庇う様にその立ち位置を変えてやりながら今更に問うてやれば
相手は嘲るような笑みを向けながら
「……私は、この世界を造った者だ」
「は?」
返ってきた答えの規模が意外にもデカ過ぎた所為か
つい聞き返してしまえば
「……所詮ヒトになど解る筈もない。まぁ精々その小僧と無駄な足掻きでもしている事だ」
更に嘲るようなそれが返り、相手は踵を返す
消えかける相手、その後姿へ
エイジは掴んだままでいたウサギから鐘を奪って取ると
その身を相手へと投げて返した
ソレを相手は無表情に受け取ると
エイジへと嫌な嘲笑を向け、その場から消えて行った
後に残るのは静けさ
目も当てられない程散らかってしまった病室を眺め溜息をつけば
背後から微かに袖を引かれた
「……あなた、来るの遅い」
負手腐った様な声にエイジは苦笑を浮かべ、アリスと向かい合ってやるように身を翻す
悪かったと謝罪してやり
ソコで不意に、アリスの首元に何か痣の様な者がある事に気が付いた
「これ、どうした?」
手で触れてやれば鬱血してしまっている処が痛むのか
アリスが微かに身を震わせる
「……あいつ、思い切り首絞めてきたから」
「あれ、一体何モンだ?」
「……唯の変態」
「唯の変態の方がまだ可愛らしいだろうが。で?何処のどちら様だ?」
はぐらか層とするアリス
珍しく顔すら逸らそうとするアリスの顎を掴んで止め、更に問い詰める
正面からそうされてしまえば、それ以上はぐらかす事などアリスには出来なかった
「……アレは、(神サマ)」
「は?」
「この世界を造ったヒトだよ。だから、神サマ」
語られる言の葉に
だが話の規模がでか過ぎて、エイジは今酷く現実味を感じられないでいる
「あいつは、世界を壊そうとしてる。ヒトなんて、要らないからって」
「何だそりゃ」
「今、世界は終わりに引き摺られてる。あいつの所為で」
自分はソレを止めようとしているのだ、と
アリスが徐にエイジの手を握る
今、この瞬間は現実だと実感させるかの様に強く握り締めれば
触れてきたその手が小刻みに震えている事に気付き
エイジは僅かに強張っていた表情をフッと緩ませた
「所でアリス」
「何?」
「具合はどうだ?」

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