《MUMEI》

角の窓際で乙矢と向かい合う。
「いやだあ」


「本番前に愚図るなよ」
七生が茶々を入れる。


「五月蝿い!」
七生め!


「二郎、俺のこと嫌い?」
冗談混じりに乙矢も何を言い出す?


「嫌いではないけど……」
ちょっと困惑。


「俺は七生が大っ嫌い。いくらフリとは言っても相手は選ばせてもらいたいね」

乙矢は誰しも振り向く爽やかな笑顔で言ってくれる。


「んだと、もういっぺん言ってみろ!こっちから願い下げだっつの!」

今にも暴れ出しそうだ七生。乙矢は俺の背後に隠れた、盾にするのやめてください。






「遊ばないよ時間ないンですから!持ち場について!はーい、本番行きます3、2、1……」
先輩の指が動いた。




眼鏡外しても分かる、乙矢の目つきが変わった。本気の刺すような視線、目を逸らしてはいけない。


『男の唇って柔らかいの…………?』

乙矢の台詞にぞわっとした。何だろう、嫌悪とは違う。乙矢はごく自然に俺の左手首と顎を持ち上げた。

逸らせない。迫ってくるものがある。
乙矢は近くで見てもカッコイイ。こんな顔や体に“精悍”って使うんだろうな。

顔を傾け流し目でこっちを見ている、ついつい見惚れてしまう。
――――近い近い口付くから!ミリ単位の至近距離まで接近されて、鼻先がくっついた。


 うわわわわわわ………




「 ……ン、 」



うわ、変な高い声出た!恥ずかしい!  聞かれた?乙矢をチラ見…………

笑っている。聞かれたに違いない。
さ、最悪だあああああ!


「カーット!有り難う超良かった。理想通りで満足」
先輩もご満悦のようで一発で済んで良かった。



「美作先輩アドリブで手、添えましたよね。
慣れてるっぽいー、なんかエロいー」
高遠、慣れてるっぽいんじゃない、奴はプロだ。
あれは経験を重ねた動作だった。



「……別に普通でしょ」
いつものドライな乙矢だ。
あーやばかった。危うく男にオチそうになった。水瀬に示しがつかない。

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