《MUMEI》

.


トントン…
「旦那様、編集者の宇佐美様が、お見えですが…」


暫く後…ガチャ…
鍵の開く音。


「入りなさい。」
坂崎先生が、ドアを開けた。


家政婦さんは、僕に頭を下げ、足早に去った。


僕は、書斎へと、入って行った。


坂崎先生は、椅子に座り、こちらを見ている。


「はじめまして、宇佐美です。」


僕は、坂崎先生に会うのは、初めてだった。

坂崎 皇と言う人物は、着物を着こなし、落ち着いた大人の男を、感じさせた。眉間のシワも、渋い魅力となっていた。ロマンスグレーとでも、言うのであろう。


「なんの用かね、原稿は妻に届けさせたのだが…。」


「はい、確かに原稿は頂きました。しかし、坂崎先生…少し戯れが過ぎませんか?あれでは、奥様の立場が、悪くなるのではないですか?」


「僕の口出しする事では、ないと思いますが、今後、こちらに僕が、原稿を受け取りに来ます。お気に障れば、担当を外してもらってもかまいません。」


坂崎先生は、僕を見て、ふっ と笑った。


「宇佐美くん、君は好青年だな、思った通り。いや、意外と熱血漢でもあるな…」


「な…坂崎先生。」
僕は、カーッと 血がたぎった。ば、はかにして…。


僕の様子を見て、坂崎先生は、静かに言った。


「すまない、少し君を試したのだ。どんな人物なのか…。」


…任せられるか…どうか。


「君は、何故私が君を担当に押したのか、解るかね?」


「…いえ。」


坂崎先生が、雑誌を開いて見せた。


「これは…」


「そう、先々月の、君の 巨匠シリーズのインタビュー記事だ。私はこれを読んで、君なら、私の作品を任せられると、信じた。媚びる事なく、忌憚なき意見を述べ、鋭い視点で語る。どうかね?」


「あ…ありがとうございます。」
正直、僕は面食らった。坂崎先生が、そんな風に思っていたとは…。


「だから、つまらない事で、担当を降ろすつもりはない。」


「それと、妻との事は、君には関係ないと思うが…?気に障ったのなら、謝ろう。」


僕は、それ以上、何も言えなかった。次回の約束をして、書斎を後にした。

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