《MUMEI》 . 一方、坂崎は書斎で、激しく咳込んでいた。机から、薬を取りだし、水で流し込んだ。 「ふぅ…。」 坂崎は、椅子に凭れ、暫く目を閉じていた。 それから、机の引き出しから、原稿用紙の束を取り出した。 その夜〜坂崎の書斎の電気は、消える事はなかった。 夜が白々と明ける頃、浅い眠りにつく、坂崎であった。 原稿用紙を引き出しの一番下に 隠すように、終う坂崎。 …あと僅かで、私の役目も終わるのだろう… トントン… 「あなた?菜江です。」 やはり今日も返事がない…。 ドアには、鍵がかかっていない…。 「失礼します、あなた?」 見渡しても、坂崎の姿はない。ふと見れば、机の上には書きかけの原稿がある。 「今、どんなお話を執筆しているのかしら?」 原稿に手を伸ばそうとした時、背後から坂崎の声が響いた。 「何をしているんだ?」 「あ、あの〜あなたが今、どんなお話を執筆されているのか、興味があって…すみません。」 「……」 坂崎は、ため息を付き、窓際へ歩いていった。 「菜江〜体調はどうだ?」 「ええ、大丈夫です。」 思いがけず、優しい口調の坂崎に、戸惑いながらも、返事をする。 「久しぶりに、庭の桜を見たい。良ければ、付き合ってくれないかね?」 「はい。」 菜江は、嬉しそうに頷いた。 二人で、庭に出るなど…何年ぶりだろう? 菜江は、前を歩く広い背中を、見つめながら顔が綻んでいた。 前へ |次へ |
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