《MUMEI》

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「菜江さん、これを…」


宇佐美は、原稿を見せた。


その原稿には、若く美しい妻を迎えて、戸惑いながらも、惹かれていく、純粋な愛が綴られてあった。

気恥ずかしさから、自分の気持ちを素直に表せない、不器用な一人の男性の恋心…。

この原稿から、溢れでる妻への想い…


「菜江さん…これは、菜江さんへの 恋文ですよ。」


「!?」


「まったく、不器用な人だな、坂崎先生も菜江さん、あなたも…」宇佐美は笑った。


…こんなに、想い会ってるのに…僕は、ピエロだな…。


でも、何故 離婚届なんだ?嫌な予感がする…


「家政婦さん、坂崎先生はどこへ出掛けたんですか?」


「あ、今日は何も告げずに、出掛けられました。」


「菜江さん、心当たりは…?」


「はい……わかりま…」


手紙を読み返し、菜江が呟く。


「もしかしたら…お祖父様の所…そうだわ、今日は お祖父様の月命日だわ…宇佐美様、お墓です…多分。」

「急ぎましょう。」


「はい…」


二人は、祖父の墓へと急いだ。


「もうすぐです、ここを曲がれば…あっ!…」


墓前で踞る人影…慌てて、抱き起こせば…坂崎である。


「あなた…あなた…」泣き叫ぶ菜江。
直ぐに病院へと運ばれた。


坂崎は、悪性の腫瘍に侵されていた。見付けた時には、末期で手術すら出来ない状態だった。


度々の外出は、治療の為だった。もはや、強い痛み止めを服用するしか、手はなかった。


それすらも限界に来ていた。


「こんなに、なるまで…私は、気付かずに…」


「菜…江?」
坂崎は、目を覚ました。


「あなた…、良かった。」


「私は…?ああ…宇佐美くん…すまない…。」


「いえ…坂崎先生、原稿は確かに受け取りました。」


「そうか…。」
安堵の表情を浮かべた。


「では、僕は失礼します。」
菜江さんに、一礼して病室を後にした。


その後…二人が何を話したのか、僕は分からない。が〜今までの、すれ違いを埋めるように…残された時間を過ごしたそうだ。

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