《MUMEI》

そう言うとトリスタンは後部座席から身軽に前の助手席に座ると、俺に運転席に来るように促してきた。

「ちょっと寒いんだから早くしなさいよ!」
「待てお前、こっちから行けるワケ無いだろ!」
「いいじゃないのよ、外出ると寒いんだし」

そう言うとトリスタンは俺の袖を引っ張り、俺は無理矢理に前座席の間から運転席へと押し込まれた。

「…こんな事したのは子供の頃以来だな」
「そうね…」

初めて出会った時。

寂しそうだったトリスタンに近づいていくと彼は案外ケロッとしていて、ドイツ語が話せなかった当時の俺をバカにしつつもよく面倒を見てくれた。

いい事も悪い事も一緒に共有し、ずっと兄弟のように育ってきた。

トリスタンはそれを夫婦とか抜かしていたが…。

今思えばそうだったのかもしれない。




ホテルの近くまで来ると『ココでいい』と言われ、路肩に車を止めた。

「アンタんトコに色々忘れてったけど、自由に使ってちょうだいってアキラに言っておいてね」
「分かった…」

確かに来た時とは違って身軽になっていたトリスタンは、シートベルトを外すと少しだけこちらを伺うような仕草をしてきたので、俺も少しトリスタンの方に身体を傾けた。

「お別れのキスなんかしないわよ…恋人じゃないもの」
「…そうだな」

そう言っていつも通り俺を突き飛ばすと、笑顔で手を振ってホテルのロビーの中へと消えていった。

= = = = = = = = = = = = = = = = = = = =

家に帰ると玄関からは良いシャボンの香りが漂っていて、案の定風呂場でアキラとジェイミーとくるみが泡だらけになっていた。

「トリスタンさんは?」
「あぁ、アイツはホテルに送ってったよ」
「え、ウチに泊まれば良かったのに…」
「ベッドは一つだろ」
「そう…でしたね」

敷き布団なのでベッドを増やせる日本の感覚だとそうなんだろうな…。

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