《MUMEI》 何やら複雑そうな表情の少女・弁天 柊が問うてみれば、渋々とだが首を横へ振った 「……これで、柊様の望みが叶うのなら、私は嬉しく思います」 ソレははたして本音か建前か 何一つ読み取れない程の無表情に、だが柊は肩を揺らす 「……儂がこれを構うのは気にいらんか、日向」 「……そうではありません。ただ……」 「ただ?」 口籠る弁天へ、その先を促してやれば 「……その者は、鬼です。柊さまの御身が穢れはしないかと心配で……」 ソレが意外な物言いであったのか 柊は虚をつかれた様な表情で、だがすぐに肩を揺らして見せる そんなやり取りを取り敢えず傍らで見ているしかない広川 これから自分はどうなってしまうのか そんな事をぼんやりと考えていた、その直後 突然に広川の首に激痛が走る 「……あ゛」 喉の奥に段々と広がっていく鉄の味 首筋に嫌な滑りけを感じ、拭おうと其処へと触れさせようとした手は だが寸前に止められる 「……何をしても、無駄だ」 喉の奥に嘲りを含ませた様な槐の笑い声 ソレを耳元で聞いたかと思えば血に塗れてしまった指の先を舌先で舐められた 「……甘い、な。流石は儂の鬼姫(キキ)」 「……キ、キ?」 痛みと苦しさに朦朧とする意識の中聞いた聞きなれない言葉 一体それは何なのか 自分と何の関係があるというのか 問うてやりたい事は掃いて捨てるほど在るというのに ソレを言葉に出来ない現状がもどかしい 「……弁天。これに湯あみをさせて儂の寝床に転がしておけ」 まるで物の様に広川を放り投げ、日向へと言い付ける 日向は表情一つ変えずに、だが何かもの言いたげに頷くと 到底少女とは思えない力で広川を抱え上げていた 「……どうしてこんな人間になどに拘るのですか?」 柊が執着する程の何かがあるとは思えない、と 日向は憎々しげに奥歯を噛みしめる 徐に立ち止まると、日向は暫く考え込み そして部屋とは反対方向へと歩きだしていた 「これを、此処に置いていてはいけない。柊さまが、穢れてしまう」 感情も薄く呟く事をすると、徐に脚を止め 未だ首の痛みに喘ぐばかりの広川を見下し、そのまま道端へと放り出す 「……あなたは、逃げた。あなたの意志で」 だから二度と現れないで 最後に言葉を短く吐き捨てると、弁天はそのまま屋敷の方へと戻っていった 一人捨て置かれた広川はそのまま 動く事も出来ず、唯モノの様に其処に在るしか出来ない 「……誰、か。助、けて――」 消え入りそうな声で呻きながら目の前へと助けを求めるかの様に手を伸ばす 何も掴む筈のないソレに不意に触れてきた何か 虚ろな視線でソレが何なのか見てみれば 腕を不意に引き上げられた 「……見つけましたよ。瑞希」 「……エン、ジュ?」 見知ったその顔に、無意識に安堵の表情が浮かぶ 抱き上げられ、求める様に槐へと手を伸ばせば 槐に触れると同時に、エイジの首筋へ槐の手が伸びた 「……この傷は?」 深く傷つけられた其処へと触れられ 広川は痛みに身体を震わせる 「……柊、ですか?」 そmの元凶に思い当たる節があったのか ソレまで穏やかだった槐の表情が途端に険しいソレに変わる 「……可哀想に。痛むでしょう」 「……い、たい。苦しい、助けて――!」 傷にまるで抉るように触れてくるその手を何とか掴み 広川は懸命に助けを乞う 今はもう、誰でも構わないから助けてほしい、と 最早吐息でしかない声で懇願していた 「……一つ、条件があります。それを、守って戴けるなら」 助けてやる、とそこで漸く槐の表情が和らぐ 一体、約束とは何なのか だがそれを聞くよりも先に、広川は頷いて返す 兎に角早く楽になりたい、唯その一心で 「……俺が今からあなたに何を望むのか知りもせずに……。まぁ、いいでしょう」 「……エン、ジュ?」 「約束を交わして戴けたものと見做します。これで貴方は永遠に俺のものだ」 言葉の終わりに唇を塞がれて 呼吸すらままならなくなり 広川は無意識に、何の感情か分からない涙を流す 訳が分からない、痛い、恐い 様々な感情に中てられ、そのまま何も考えられなくなてしまう 「……そうです、それれでいい。全てを、捨てて下さい。そして俺だけの鬼姫に」 前へ |次へ |
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