《MUMEI》
3
 「漸く戻ってきたか。アリス」
紅茶のいい香りと、聞こえてきた微かな声
身を起して見ればアリスは何故かベッドの上で
一体どうなっているのか辺りを見回せばその目の前に
ウサギの顔を持つあの人物の姿があった
「ラビ……」
「随分と逃げ回ってくれたな。それも全て無駄な足掻きだというのに」
「……僕に今更一体何の用何の?」
警戒心を顕わにベッドの上を後退り
何とかラビとの距離を保とうとする
「それが無駄な足掻きだというのに。お前如きがどう動こうが何も変わらぬ」
「そう、かもしれないね。アンタからしてみれば僕なんて矮小なヒトでしかないんだから」
「……自らを矮小と知りながら何故儂に逆らう?」
大人しく従っていればいい、とのラビへ
アリスは尚もラビとの距離を取りながら、だが答える事はしなかった
支配に逆らおうとするのはヒトの性捕らわれたままで居たいなどと望む者など居はしないだろう
ソレは例外なくアリスにも言える事だった
「あなたの思い通りになんてさせない。絶対に」
ラビを睨みつけ強く言って向ければ
その賢明さがラビには滑稽に見えたのか
肩で嘲笑われる
「よく言ったものだ。世界を壊すのは儂ではない。お前自身だというのに」
「……僕が、世界を……?」
ラビの言葉がいまいち理解出来ず、わざわざ復唱してみた、その直後
突然、頭の中に直接的な鐘の音が鳴った響くソレは頭痛へと変わり
その痛みに耐え兼ね、アリスは頭を抱え蹲ってしまう
「……痛、い。嫌、この音は――!」
「もう何もかも諦める事だ。今宵、茶会を開く。世の終焉を祝うささやかな宴だ。奴も、恐らくは来るだろう」
招待状は出してある、とラビは笑う
エイジが来るだろう事を示唆され、アリスの眼が僅かに見開いたのを、ラビは見逃さなかった
「お前の目の前でアレを壊してやろう。二度と使いものにならなくなる程に」
「や、やめて。あの人には――!」
「ならば何故巻き込んだ?お前が巻き込みさえしなければ、奴は何も知ることなく平穏に世界の終わりを迎える事が出来た」
結末はどうであれ、その時までは何も変わらずに居られたのに、と
そう告げられて、アリスは口籠る
確かに、そうだった
巻き込みさえしなければ、恐らくエイジはルカとそれこそ平穏に日々を過ごしていただろう
ソレを自分が壊してしまった
誰を、何を巻きんだとしても後悔などしないと決めていたなのに
酷く胸の内が締め付けられるような気がした
「……アリス、全てを壊してしまえ。そうすれば、楽になれる」
抱きしめられ、耳元に呟かれる言葉
誘う様なソレに、だがアリスはソレを拒む様に懸命に首を振る
「僕は、知らないよ。そんな事、したくもない――!」
「それ程までにあの男が大事か?」
「え?」
「特別な何かなど作るから苦しくなる。……何も感じなくなる様にしてやろう」
苦しみも悲しみも
その声に同調するかの様に、頭の中の鐘の音はその音の量を増す
頭を打ち砕かれるのではないかと感じられる程のそれに
アリスは叫ぶ声を上げ、そしてまた倒れ伏していた
「……そうだ、それでいい。これでお前は全てを終わらせる事が出来るのだからな」
アリスの身体を抱え上げ、まるで愛おしい者を扱うかの様に優しく触れる
喉の奥で嘲笑に声を上げ始めるラビの声を
アリスは遠のいて行く意識の中で唯、聞き続けていた……

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