《MUMEI》

 「で?一体何所に行くつもりだ?」
ウサギに導かれるまま、行く先も分からず只管歩く事を続けていたエイジ
いつの間にか街を抜け、森の中へと入り込んでしまっていた
小鳥の囀る声も、木々の揺れる音も聞こえない無音の其処に
エイジは違和感を覚え、辺りを警戒し始める
「……そんな所に隠れてないで出てきたらどうだ?」
暫く前から後を付いてくる気配に歩く脚を止め
恐らくはその人物が居るだろう方へと向いて直る
「……あの人の前では、誰もが無力。やはり、何も変わらない」
踵を返して見れば、いつぞやに見た女性が立っていて
徐に、エイジへと手の平を差し出してきた
其処にあったのは古ぼけた懐中時計
ソレが何なのか、表情で問う事をエイジがすれば
「……これは、世界の寿命。この短針が12時を指した時、世界が終る」
時間を確認させてやるかの様にその蓋を開いて見せる
もし、その言葉が事実だとするならば
残された時間はあと僅かだった
「……もう一つの鐘を、本当の音色を持っているのはあの子。けれど、あの子の音色は響かせてはいけない」
「は?」
「今、あなたが持っているのは唯の骸。その鐘の音は終焉の音色。その音は今あの子の中にある」
次々語られるその言葉を、エイジは即座には理解する事はできなかった
音色を持たない鐘と、その音がアリスの内にあるという事
そしてその音色が世界を終わらせるそれであるという事
直に聞かされたソレに
だが実感など湧く筈もなくエイジは怪訝な顔だ
「あのヒトが開く茶会に出てみなさい。答えが、見つかるかもしれないから」
女性のその言葉でエイジは茶会の存在を思い出す
確かあの双子も茶会が云々言っていた筈だ、と走り出した
女性の横を通ったその時
長く艶のいい黒髪に覆われはっきりと見えなかったその顔が僅かに見えて
その顔に、エイジは僅かに眼を見開いていた
「アンタは――」
思わず振り替えたエイジへ
「……私の子供たちを、宜しくお願いします」
立ち止まろうとするエイジへ
女性は壊れそうなほど脆い笑みを浮かべてみせる
そのままエイジへと深々と頭を下げるとその姿は消えて行った
跡形もなくなってしまったソコを暫く呆然と眺め見
だがそうしていてもどうしようも無いと
また走り出す
深く、更に深く入っていく程に
その奥から到底似つかわしくない紅茶の香が漂ってくる事に気付く近くまでより、漸くそれが何かを知ることが出来た
ティーセットが置かれたテーブル
其処に、椅子へと腰をかけているラビの姿を見る
「ようこそ。森の茶会へ」
よく来た、と口元を緩ませながら
ラビはエイジへと椅子を勧めてくる
だがエイジは座る事はせず
交わす言葉すらなくラビと対峙していた
「……アレに、会った様だな」
「は?」
「女という生き物はいつの時代も愚かだ。ここまでだといっそ清々しい」
何を思い出したのか、徐に始まった語り
行き成りのソレに怪訝な顔をして向ければ
「……確か、10年前だったか。儂を目の前に赤子を庇い死んでいった女がいたな」
嘲る様な笑みを浮かべるラビ
その笑みに、エイジはうっすらとだが見覚えがある事に気が付いた
10年前
自分の足下に転がる女性の死体と、その周りに広がる地の水溜まり
傍らで泣き叫ぶ赤子の声を聞きながら対峙した時のソレ
「テメェ、あの時の……」
「あの時の赤子は元気にしているか?それとも、もう死んだか?」
向けられる嘲笑も十年前何一つ変わらずに
エイジは考えるより先にラビへと脚を蹴って回す
ソレを軽々手で受け止められ即座に身を引けば
「まぁ、茶でも飲みながら昔話でもしようじゃないか」
手元に置いてある呼び鈴を鳴らし、茶の催促
暫くの無音の後
運ばれてきたらしく、茶器が揺れる音が聞こえてくる
「お、茶……」
消え入るかの様なか細い声
だがその声にエイジは聞き覚えがあり、弾かれた様にそちらへと向いて直ってみれば
「アリス?」
アリスの姿がそこにあったエイジの呼ぶ声に、だがアリスは応える事はなく
まるで人形の様に、ラビに言われるがままテーブルの上へ、新しい茶の支度を始める
明らかにおかしいその様子に訝しめば
すぐ傍らで唐突に、鐘の音が鳴り響いた
「――!」
その音は何故かアリスの内から聞こえ始め

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