《MUMEI》

 「先生。こんな処で寝てたら、風邪引く」
身体が僅かに揺す振られ、エイジはゆるり眼を覚ました
ソコは、見慣れ過ぎた自宅の雑貨屋
目の前には毛布を抱えたルカの姿があって
ふわり、その温もりがかけられる
「ご飯、もう少しで、出来るから」
待ってて、とルカは自宅奥へと入っていく
その背を見送り、エイジは徐に辺りを見回した
何の変哲のない日常
その事に、エイジは若干の違和感を覚える
何かを忘れている様な気がする
そう感じ、エイジは窓を開け放ってみた
「おや、エイジ。いお早う、いい天気だね」
偶然に其処を通りかかった知人からは普段通りの挨拶
周りはみな、普段通り日常を送っている
一体、自分は何を忘れているというのか
解らないもどかしさにエイジは髪をかきみだした
そのすぐ後に
どこからか鐘の音が響き始める
「……この鐘」
「ああ。これは街外れにある教会の鐘だよ。いつもこの時間になってるじゃないか」
いつも通りの筈の日常
その中に僅か混じる違和感に
エイジは飛び出すように窓から外へ
ルカに出掛けてくる旨を伝えると、町はずれにあるその場所へと走って向かった
着いたソコは、町はずれというだけ会って人気が全くなく
巨大な鐘だけが時をつげるため揺れる事をしていた
何気なくその扉を開いて見れば
其処に、佇む人影をみた
戸が軋む音に思わず振り返ったその人物はエイジを見、僅かに驚いた様な表情をしてみせる
「……あなた、何、しに来たの?」
唯其処にあるだけの背中から聞こえてくる声
何をしに
ソレに即座に答えて返す事はエイジには出来なかったが
すぐ後、一際高い音色で鐘が鳴り、エイジの頭の中へと直接に響く
その音に導かれるかの様にエイジの頭の中へ何かが現れ始める
それは、感じていた違和感の正体
エイジの中から消えていた彼との記憶だった
「……アリス」
ゆるりその名を呼んでやれば
相手の身体が小刻みに震え始め
暫くの沈黙後、その人物の手から、何かが落ちた
「……全ての時を、巻き戻した筈だった。世界が終る事を始める、その前まで」
落ちたソレは、古めかしい懐中時計で
弾みで砕け、その様を成さなくなる
脚元まで転がってきたソレをエイジは拾い上げ
その人物へと改めて握らせてやっていた
「……何でアナタ、忘れてないの?」
全てを元に
時を正せばソレに伴い人の記憶も消えている筈なのに、との相手へ
僅かばかり涙の滲み震えるその声に、エイジは肩を揺らし
その身体を背後から抱きしめてやった
「……っ!」
突然のソレに息を飲む声が聞こえ
驚いたのか、身体が強張ったのが抱いたそれで知れる
何故、覚えているのか
その答えを示してやるため、エイジはアリスの手首を掴むと持ち上げていた
其処に握られたままの時計
蓋のあるそれを開いて見れば
落ちて壊れてしまった筈のソレが時を刻み始める
「……何、で」
秒針の動く音と同調するかの様に
エイジの内で、鐘のソレの様な音が鳴り始める
「……本当に、アナタって――」
其処にその音が残っていた事に何故か安堵するアリス
エイジの腕の中で身を翻し、その身体を抱き返していた
「……僕を、愛して。世界が終るまででいいから」
求められる愛情
子供の様な表情を浮かべて見せる相手へ
エイジは苦笑交じりの笑みを浮かべながら
「……愛して、やる。世界が終るその時まで、な」
耳元で呟いてやればアリスの眼に涙が更に滲む
ソレを指先で拭ってやりながら
ルカが食事を用意してくれているから、と
エイジはアリスの腕を取り、そのまま帰路へと着いたのだった……

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