《MUMEI》

 「瑞希、大丈夫なの?」
途切れてしまった意識が漸く戻ってくれば
広川はまた自室に横たわっていた
その傍らには心配気な顔の母親、その後方には槐の姿も見受けられる
取り敢えず無事である事に安堵し身を起こす
喉が渇いた旨を訴えれば
母親は頷き、そのまま部屋を辞して行った
後に残された広川と槐
交わす言葉はなく、唯無言でしかない空気が其処に満ちて行く
その静けさに、広川は僅かばかり違和感を感じずにはいられなかった
「エン、ジュ?」
沈黙に耐え兼ね呼ぶ事をしてみれば
やはり何の言葉も発することなく槐は広川の傍らへ
近く寄ってきたかと思えば唐突に首を掴まれ、ベッドへと押さえつけられてしまう
「な、に……?」
喉を潰されるかと思う程に圧迫され
ままならなくなった呼吸の中槐の名を呼べば、その言の葉すら邪魔だと言わんばかりに
唇を塞がれてしまった
「……こんな傷を付けられて、不愉快です」
「そんな、事……」
執拗な口付けから何とか逃れ
槐には関係ない事だと反論しかけた矢先
突然に口内へと指を差し入れられた
「あ゛……」
呻く声を上げてしまえば、だが槐は酷く穏やかな笑みを浮かべて見せる
「あなたは、俺のモノだ。その首だけでなく、身体そして心も――」
漸く喉の奥の異物が消えあたかと思えば、また唇を塞がれて
呼吸すら、奪われる
「も、う、嫌ぁ……!」
耐えきれず、な意味だとともに泣く声を上げてしまった
訳が、分からない。どうして自分が
段々とその想いばかりが強くなっていく
「瑞希。俺が、恐いですか?」
「こ、わい……」
「……大丈夫ですよ。アナタが俺だけの鬼姫でいてくれるのなら、ずっとお守りします」
鬼姫
またしても耳にする聞きなれないソレに
ソレが一体何なのか解らないと訴えれば
槐が僅かに肩を揺らすのが知れた
「……記憶は未だ白濁に覆われたままですか。可哀想に」
「えん、じゅ……」
「瑞希。助けてほしいですか?」
「助、けて……」
「何から?」
意地も悪く問うてくる槐
だが最早広川の方は限界の様で
痛みと息苦しさと
その両方に追い詰められ
何を答えて返す事も出来ず、そのまま発狂しそうになる
「……今日はこれ位にしておきましょうか」
瞬間、張りつめていた空気が緩み
槐は広川を抱きしめる
「……先に、血を流しましょう。手当は、それからです」
そのまま槐に抱え上げられ
広川はされるがまま、浴室へと連れて行かれたのだった……

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