《MUMEI》

この笑顔が、自身が久方ぶりに見せたソレだという事に
「私、そんなに暗く、見えてた?」
藤本へと確認するかの様に聞く事をしてみれば
笑みを絶やす事はせず、藤本は頷いて見せる
「……アンタは、私と何がしたいの?」
「何って、何?」
「何か目的があったから私に声掛けたんでしょ?何?」
ソレが不思議で仕方がない、と首を傾げて見せれば
藤本はその子供の様な仕草にやはり笑ったまま
「……オジさんが、生きる為、かな」
「え?」
生きる為
やけに重く聞こえてしまうソレに、瞬間返す言葉を失ってしまう
自身のソレが理解されていない事に暫くして気付く藤本
すぐにはにかんだ様な笑みを浮かべ
「そんなことより、お嬢ちゃん。名前教えて」
まだ聞いていなかった、と安っぽいナンパの様なソレに
だがそろそろ名乗ってやるべきかと、漸く名乗ってやる
「中。佐藤 中だよ」
「あたる、ね。可愛い名前じゃない」
「何所が?アンタ馬鹿じゃないの?」
こんな男の様な名前のどこが可愛いというのか
複雑な感情に苛まれ、佐藤はつい顔を伏せてしまう
「あれ?オジさん何かいけないこと言った?」
褒めたつもりだったんだけど、との藤本へ
佐藤は緩く首を横へ振って見せた
「……男の子、欲しかったんだって」
「は?」
「ウチの親。男の子が欲しかったんだって。だから私、こんな男の子みたいな名前なの」
面と向かって言われた訳では決してない
両親としても何気ない世間話だったろうそれを偶然に耳にしただけ
それでも
「だから私、ずっとお利口にしてきた。私が、私として、否定されないように」
そんな事を両親は求めていないだろう事は解っていた
愛情を貰えていない訳でも決してない
自分自身が勝手に思い込み、そうしているだけ
そんな自分を情けない、そして見っとも無いと苦笑を浮かべて見せれば
藤本はそれまで烏龍茶を飲む事をしていた口を徐にストローから離し
テーブル越しに、佐藤を引き寄せてやる
「な、何!?」
唐突なソレに驚いていると、その最中額にないかが触れてきた
ソレが藤本の唇だとわかったのは暫く後で
周りからの視線でソレに気付き
佐藤は俄かに顔を赤くし始める
「な、何すんの!?」
小声で怒鳴れば、だが藤本は悪びれた様子も無く
何食わぬ顔で食事をまた始める
いたずらな子供の様に口元に笑みを浮かべる藤本を佐藤が睨みつけた
次の瞬間
佐藤のカバンの中から、携帯電話の着信音が聞こえてくる
「電話、鳴ってるけどいいの?」
話をすり替える様に鞄を指差す藤本
僅かに視線をそちらへと向けた佐藤だったが
出る事無く電源を切る
「出なくて良かった?」
「いい。どうせ、親からだから」
「心配してるんじゃないの?」
「……アンタ、聞いてばっかり」
「うるさい?」
「……うるさい。でも」
途中、佐藤は口籠ると
徐に藤本の服の袖を掴みながら
「嫌じゃない、から」
出てきた言葉は、佐藤自身、驚くべきものだった
恥ずかし紗に顔を伏せてしまえば
頭上から笑う様な息の音が聞こえてくる
「ケータイ、貸してくれる?中」
「な、何する気?」
唐突に名を呼ばれつい怪訝な表情を浮かべて返せば
だが藤本は唯笑って見せるだけで
尚も笑顔で手を差し出してくる藤本へそれを貸してやれば
何処かへ掛けたのか、話す声微かにが聞こえてきた
そして
『はい、佐藤ですが』
電話越しに母親の声を聞き
自宅に掛けられたことに気が付く
何をする気かと電話を奪い返すために佐藤は慌てて藤本の腕を引く
「ちょっ……アンタ、何ウチに掛けてんの!?」
訳が分からない、とその横で喚く事を始める佐藤
抗議の声をあげかければ
電話が徐に返される
「…今日、遅くなりそうって、お母さんに言っといて」
耳に当てられ、そう話す様促された
どういうつもりなのか
ソレを問うて返すより先に電話先の母親が話す事を始めてしまう
『……あの、佐藤ですが……』
いつまでも無言が続く電話にやはり不審がる母親
このままでは切られてしまう事を察し、佐藤は慌てて話し出す
「お母さん……、私、中だけど」
『中?家に電話なんて、どうかしたの?』
「うん……。私、今日ちょっと帰るの遅くなる」

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