《MUMEI》
1件目
まぁ、ごきげんよう。
なぜここへ来てしまったの?
その柔らかくて脆い体のまま、もう絶望を味わってしまったのかしら。
私はこのあやふやな場所で、あなたを待ってはいたけれど、タイミングというものがあるでしょう。

あなたはまだ、ここへ来てはいけないの。

あなたはこれから、この足場の悪いあやふやな場所ではなく、暖かい両腕と寝床で育って、いずれは地面にしっかりと足をつけなくてはいけない。
それは波の打ち寄せる砂浜かもしれないし、牛の鳴き声が響く畦道かもしれない。
もしかしたら冷たくてかたいアスファルトかも……。
それでもあなたは歩いていけるでしょう。
あなたの隣にはいつだって誰かがいる。
それは些細なことで笑い合う友人かもしれない、静かに寄り添う恋人かもしれない。
もしかしたら敵対する誰かなのかも……。

けれど、安心して。
少なくとも「独り」はありえない。
少なからず、「誰か」がきっとあなたのそばにいる。
たとえそれが赤の他人だったとしても、それはあなたの中で確実に繋がりとなるでしょう。

だから、駄目。
あなたはまだ、ここに来てはいけないの。

聞こえるでしょう?
羊水越しにくぐもって聞こえるあなたを呼ぶ声が。あなたを育む音楽が。
もう光も味も感じることができるあなたを、皆待っている。

さぁ、その小さくて未熟な指を私に向けて。
指切りげんまんでもしてみましょうか。
何十年もあとに、満足そうな顔をしたあなたがまた私の元へ来てくれるのを、ずっとずっと待っています。

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