《MUMEI》
2
「……いってきます」
翌日、早朝
毎朝煩わしさしか感じられないでいる親との挨拶も程程に交わし、佐藤は朝食も摂ることなく早々に家をでた
「……今日、学校どうしよっかな」
行くのも面倒だと、つい脇道へと入ろうとした
次の瞬間
「学校、そっちじゃないよ。中」
背後から聞こえてきた声に、ゆるり振り返ってみれば
ソコに、すでに馴染みとなってしまっている藤本が立っていた
「……アンタ、そこで何やってんの?」
何故居るのか
つい怪訝な顔をして向ければ
藤本は相も変わらず笑みを浮かべて見せ
手に下げていたコンビニの袋を佐藤へと向けて見せてきた
「オジさんは朝飯の調達。はい、これ」
「何、これ?」
その袋の中を漁ったかと思えば
藤本はパンを一つ、佐藤の手の上へ
「あげる。どうせ朝飯、食ってないんでしょ?」
「べ、別に私、朝ご飯なんて食べなくても……!」
平気だと言い掛けて
ソコで盛大に、腹の虫が鳴り響いた
「腹の虫は正直。どーぞ」
肩を笑いに揺らしながら改めて勧めてくる藤本
佐藤は恥ずかしさに顔を赤く、そして俯いてしまい
身動き一つ、呼吸すらする事を忘れてしまう
「中?平気?」
心配気な藤本の表情
何度も大丈夫か、平気かを問われ
ソコで佐藤は漸く我へと帰り
その後は照れ書く詩だと言わんばかりに受け取ったパンにパクついていた
「あらら。行き成りそんなにいっちゃう?」
飲みこめるのか、との藤本の心配に
佐藤は平気だと言わんばかりに益々パンを頬張る
だが、案の定途中で喉に詰まらせてしまい
「だから言ったじゃない。そんな慌てて食べなくても、オジさん取ったりしないって」
慌て始める佐藤へ
藤本は苦笑を浮かべながら飲んでいた紙パックの牛乳を渡してくる
ソレを受けとり、慌てて飲みこめば
パンの塊が漸く喉を通っていくのが知れた
「ありが……」
胸元を叩きながら、何気なく牛乳を返し掛けて
ふと佐藤は其処に刺さっているストローをまじまじと眺め見る
「ん?どしたの?」
突然に動く事を止めた佐藤に、藤本が様子をうかがう様に顔を覗き込んでくる
行き成りのソレに、佐藤は顔を真っ赤に、俯いてしまった
気にはならないのだろうか
焦っていたとはいえ、やむを得なかったとはいえ
「……間接キス」
「は?」
そうなってしまったことを、藤本はどうとも思わなかったのだろうか、と
無意識な上目遣いで藤本を見上げていた
ソコで漸く、藤本は佐藤の言わんとしている事を理解する
「ああ。ごめん、焦ってたから」
本当にゴメン、と再三謝ってくる藤本
暫くの間の後、佐藤はゆるゆると首を横へ
「……別に、いい。嫌じゃ、ないから」
「本当に?オジさんの事、嫌になったりしてない?」
「そんな事、ない」
既に赤く過ぎてしまっている顔を隠す事は出来ず俯いたまま
佐藤はそれだけを何とか伝えると踵を徐に返した
「中?」
「今日、学校終ったら此処で、待ってる」
「は?」
「待っててやるから!絶対に来なさいよ!」
一方的に怒鳴り散らし、佐藤はその場を後に
勢いに押され、呆然と立ち尽くしたままの藤本を視界の隅に見ながら
その姿が見えなくなるまで取り敢えず走ると、漸く脚を止めていた
「……私、どうしちゃったんだろ」
他人との関わりなど煩わしいものでしかない
そう、思っていた筈なのに
藤本に会ってから、佐藤の中で何かが確実に変わりつつあった
「……あいつの、所為」
無邪気に向けられる笑い顔を何となく思い出し
佐藤は照れ笑いを一人浮かべる
これ程までに穏やかな気持ちになったのは久しぶりかもしれない、と
足取りも軽く学校へ
「中、お早う!」
向けられる言葉
今になて、会話というものが如何に大切か、何となくわかる気がする
「おはよ」
何となくそう考える事が出来る様になり
その言葉が、すんなりと口を突いて出た
たったそれだけの事でヒトはひどく安堵を覚える
単純な生き物だと肩を揺らしながら教師とへと入っていく
「おっはよう、中!ね、今日提出の課題やった?」
「ねぇ、これ見て!すごく可愛くない!?」

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