《MUMEI》

嘲笑を浮かべて見せ
その人物は豊原を抱えたまま身を翻し
「……この国に繁栄など必要ない。来て、貰おうか」
訳の解らない事を言いながら、そのままその場を立ち去ろうとする相手
その行く手を阻む様に、またひとの影が現れた
「御上の御前だ。引いて貰おうか」
懐から刃物の様な何かを取り出し相手を牽制するのは刀弥
首筋へと突き付けてやれば
だが相手は欠片も動揺することなく、微かに肩すら揺らし
すぐさま踵を返し、刀弥との距離を取った
「……小舅が邪魔だな。興ざめだ、今日は引き上げてやる」
嘲笑をその声に含ませながら
堂々と背を刀弥へ向けたまま、その場を後にした
解放され、そのまま呆然と立ち尽くす豊原
取り敢えずは事無きを得た事に安堵すると、そのまま腰を抜かしてしまう
「大丈夫か?」
一応は手を差し出してくれる刀弥の顔を暫く眺め見れば
豊原の眼に段々と涙が滲んだ
「お、おい……」
「怖かった〜!!」
恐怖が限界に達していたのと、緊張の糸が切れてしまったのとが重なり
豊原は我を忘れて刀弥へと縋り付く
「今の、一体何なのよ!私、私……!」
突然の出来事にすっかり冷静さを欠いてしまう豊原
子供の様に愚図ることする豊原を取り敢えず宥めてやりながら
刀弥は僅かに溜息をつきながら、御上の方へと視線を巡らせて行く
「兎に角、詳しく話を聞くのは後だ。とりあえず華巫女殿には我が屋敷に来て貰う事にしよう。刀弥、頼む」
「……御意」
馬に乗り、そのまま背を向け去っていく御上へと深々頭を垂れると
すぐ様刀弥は何を告げるでなく
まるで荷でも抱えるかの様に豊原の身体を肩へと担ぎあげた
「な、何!?」
「喋ると舌を噛む。黙ってろ」
「だ、黙ってろって、アンタねぇ……!」
文句を言い掛ければ、身体が突然に浮遊感に包まれる
まるで宙を浮いている様なソレに
恐々と閉じてしまっていた眼を開けてみれば
「……嘘、高い……」
到底人が飛んで昇れる高さとは思えない処に自身が居た事に驚いてしまった
思わず叫びそうになった瞬間
「……騒ぐな。騒げば、奴らに見つかる」
口元を手で覆われた
悲鳴へと変わる筈だった声はその手で遮られ
意味不明なソレへと変わり、口から付いて出る
だが豊原を抱えたままの相手はソレすらも気に掛ける様子はなく
軽々と立ち並ぶ家屋の間をすり抜けて走って行った
肩の上でその流れて行く景色を眺め見える豊原
眺めれば眺めるほど知らない景色ばかりで
自身がいま、全くの別世界に居るのだと、嫌でも実感させられる
「……着いたぞ」
漸く地に脚が着き、覆われていた視界が開ければ
だが目の前にあったのは随分と古めかしい日本家屋
下手をすれば廃墟と見間違ってしまう程のソレに
豊原はつい刀弥へと向いて直ってしまう
「このボロ家……」
見たままを素直に口にする豊原
刀弥は僅かに困った様な顔をしてみせながら
「……中で御上が待っている。入ってくれ」
軋む戸を開いた
な時価へと入って見れば、ボロいあの外装が嘘の様に整えられていて
桜井はつい辺りを見回してしまう
「余りよそ見ばかりしていると、転ぶ」
忠告して来る刀弥の言葉を聞くのも程々に、やはり物珍しいのか周りにばかり気を散らす豊原
明らかに話など聞いていないだろうその様に刀弥は溜息をつきながら
どうやら目的地に着いたのか、不意に脚を止めていた
「……戻ったか。刀弥。華巫女殿も」
二人の気配を感じたのか、襖越しの声
刀弥は短く返事を返すと、ゆるりその襖を開いて行く
「では、俺は御前を失礼致します」
豊原を中へと招き入れると、刀弥はそのままその場を辞そうと踵を返す
だがそれを途中で御上が引き留めた
「まぁ待て。刀弥」
「……御上?」
「折角華巫女殿が現れてくれたんだ。祝いに、酒でも酌み交わすとするか」
回りくどく宴会の支度をしろとでも言いたいのか
ソレを理解したらしい刀弥は深く溜息をつきながら
「……御意」
深々頭をさげ、刀弥は宴の支度にと部屋を辞した
後に残された豊原と御上
まじまじと眺めてくる御上に
豊原は居心地の悪さを覚え、外の空気を吸ってくる、と腰を上げる
「……華巫女殿」

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