《MUMEI》
再び電話
 羽田は受話器を置き、急いでファイルから凜の資料を探し出す。

「……あ!ほんとだ」

思わず声を出してしまった。

 凜の家族構成は、父と娘の二人だけ。

知らなかった。

担任として、生徒の家庭環境をきちんと把握しておかねばならないのに。

 ため息をつきながら、羽田はファイルを眺めた。
父親は普通の会社員のようだ。
母親については何も書かれていない。
 彼女の小学生時代の資料にも目を通す。
生徒たちは昔から、昨日のようなことがあったと言っていた。
しかし、紙面上には特に問題があったということは書かれていない。

 よく考えれば当然のことだ。
彼女自身は何も問題を起こしていない。
騒いでいるのは、周りの生徒たちだけなのだ。
ここに書かれるなら、騒いだ生徒の方だろう。

 しかし、今日、彼女に会えないとなると、昨日のことを聞くタイミングを逃してしまいそうだ。

「よし」

 羽田はファイルを閉じ、再び受話器を取った。
数回のコール音のあと、少女の声が応える。

「あ、津山さん?羽田です」

「……まだ、何か?」

明らかに迷惑そうな声。
羽田は一瞬言葉に詰まるが、すぐに気を取り直して言った。

「昨日のこと、気になってしょうがないの。で、もしよかったら今日の放課後、津山さんの家にお邪魔したいんだけど」

しばらく待ったが、返事がない。

やはり、無理だろうか。

 元から彼女は、自分から人と関わろうとしない。
羽田とも、特別よく話すというわけでもないのだ。
しかし、長い沈黙のあと、凜からは意外な返事が返ってきた。

「いいですよ」

「……え、ほんとに?」

「ええ。レッカが先生にひどく興味があるようで」

 レッカ、とはあの変な少年の名前だったはず。
よくわからないが、とにかく凜は会うことを了承してくれた。
羽田はさっそく大体の時間を決め、電話を切った。

 これで、昨日からのモヤモヤが晴れるかもしれない。
なんとなくすっきりした気分で羽田は、授業の準備を始めた。

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