《MUMEI》

このまま往来で問答を続けるのは得策でない、と
ハルの手を取ると、桜井は大学へと到着するなり
人気の余りない裏庭へと向かった
「そこ、座って」
ここでなら落ち着いて話が出来るから、との桜井へ
ハルは素直に頷くと、座る桜井の向かいへと同じ様に腰を降ろす
「取り敢えず、話を整理したいんだけど……」
「話って、何の?」
小首をかしげて聞き返してくるハル
大人な姿になってもそのしぐさは可愛らしく
桜井はついそれに誤魔化されそうになってしまう
ソレを何とか堪えながら
「どうして春がそんなに大きくなったのか。今私が聞きたいのはその理由なんだけど……」
問う事をしてみれば
ハルは聞かれる事が意外だったのか、やはり不思議そうな顔だ
「僕、大きいと変?」
更に首を傾げられ、桜井はそれ以上の言葉に詰まってしまう
どう聞いてやればハルは答えてくれるのか
眉間に皺まで寄せ、その事を考え始めてしまう
「私が言ってるのはそう言う事じゃなくて……」
「?」
ならば一体何の話をしているというのか
解らない、と同じ様に春も眉間に皺をよせ考え始めてしまう
どれ位の間そうしていたのか
結局話は進展せず、鳴り響くチャイムが始業5分前を告げた
「あ。授業始まっちゃう」
「……行っちゃうの?」
寂しそうな顔を向けられてしまえば
そんなハルを放置し、その場を離れるなど桜井には出来ない
「……じゃ、ハル。また小さな姿に戻れたりする?」
「小さな、姿……?」
「そう。あの大きさだったらカバンの中とか入っていられるでしょ。……やっぱり、嫌かな?」
一応の解決策を提示してきた桜井へ
ハルはすぐに納得がいったのか、大きく頷いていた
ポンと僅かな音がなったかと思えば、ハルの姿はまた小さく戻っていて
ふわふわ飛びながら、桜井の言葉通りカバンの中へと入っていく
「これで、いい?歩」
すっぽりと収まったその姿に、桜井はつい笑う声を洩らす
何故、笑っているのか、首をかしげてくるハルへ
「ご、ごめん。可愛くて、つい……」
「僕、可愛い?」
益々首をかしげてしまうハルに桜井はそれ以上何を言う事もせず
唯、頷いて返すだけ
「ね、歩。歩は、小さい僕の方が好き?」
「え?」
突然の問い掛けについ聞き返せば
「僕が大きくなると歩、困った様な顔する。ソレは、大きい僕が嫌いだから?」
態度が明らかに違う事に春も気付いているのか
顔を伏せ、上目がちに桜井へと問うてくる
酷く寂しげなその顔を向けられてしまえば
桜井自身、悪いことをしている様な気分になってしまう
「……そんな事、ないよ。ハル」
「本当?」
「うん。驚きはしたけど、嫌じゃないから」
桜井の言葉に安堵したのか
ハルは小さなその肩をホッと撫で下す
「……よかった」
「私も。じゃ、行こっか」
互いに顔を見合わせながら肩を撫で下ろして桜井は改めて教室へ
教授のさして面白くもないソレを何とかこなし
桜井は漸く帰路へと就いていた
「ハルー。もう出てきても平気だよ」
漸く自宅近くまで辿り着き、桜井が鞄の中を覗き込む
だが返事はなく、更にカバンの中を見てみれば
「……寝ちゃってる」
穏やかに寝息を立て始めていた
その寝顔は可愛らしく、桜井はフッと肩を揺らしながら自宅の中へ
ハルを鞄から出してやり、テーブルの上に引いたタオルの上
熟睡するその様子を見、桜井は起こさない様夕飯の支度を始めた
「この子も、食べるかな?」
そうだとすれば、一体何を食べるのか
桜井が一人悩む事を始めれば、ハルの眼がゆるりと 開いて行く
「ごはん、食べる?」
ほぼ出来上がったソレを見せてやれば
寝起き呆けた顔でハルは暫くソレを眺め、そして頷いた
いただきます、との声が聞こえたかと思えば
ハルの姿が小さなそれから大きいソレへと変わり
徐に桜井の手を取ると、人差し指を甘噛みして来る
「――!」
「ごはん、食べる。お腹、すいた」
寝ぼけているが故の所業なのだろうが、突然のソレに驚き
桜井は顔中真っ赤だ
「ハ、ハル?それ、ごはんじゃなくて、私の指、なんだけど……」
「……ごはんじゃ、ないの?ごはん、何所?」
「……こっち。ここ、座って」
手を引いてやり、ハルを食卓へ

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