《MUMEI》

随分と年上だろうこの男に何故か親しみを感じるのは
多分これの所為なのだろうと、佐藤も肩を揺らす
注文を済ませ、出てきた食事を早々に平らげると
佐藤等は藤本が営んでいる華屋へと向かった
「どーぞ。散らかってるけど入って」
閉じていたシャッターを持ち上げ、佐藤を中へと招き入れる
お邪魔します、と入ったそこは
花屋らしく、可愛らしい花々に溢れていた
「ごめんね。表に出してたものとか適当に入れてるからちょっと汚いけど」
片付けが出来ていない事を恥じる様な藤本へ
一頻り店内を見回した佐藤は緩く首を横へ振る
「……ちょっと、中見てみてもいい?」
やはり店内が気になったのか
今更に片付けを始めた藤本へと問うてみれば
片付ける手はそのままに、いいよとの声が返された
可愛らしい点ないと、色とりどりの花達
この店内はまるで、藤本の様に表情が豊かだと、佐藤は無意識に笑みを浮かべる
「……こんな処で働けたら、毎日が楽しくなるかも」
何気なく呟いた言葉
他意はなく、唯純粋に感想を述べただけのつもりだったのだが
「だったら、働いてくれる?」
藤本から、意外過ぎる言葉が返された
行き成りのソレに藤本の方を見やれば相変わらずの笑い顔で
「最近ちょっと忙しくて。店番とかしててくれると助かるんだけど」
「で、でも私なんかじゃ……」
「中なら大丈夫。こう見えてもオジさん、ヒトを見る目だけは確かよ」
だからお願い出来る?と問われてしまえば
それ以上佐藤に否を唱える事など出来なかった
自分自身が此処にいる事を望まれる、その存在を求められる
その事が何より嬉しく感じた
「……手伝っても、いい?頑張る、から」
「勿論。これからよろしく、中」
差し出された藤本の手
戸惑いがちにソレを取って見れば
自分の手より一回り以上も大きいその手に
佐藤は初めて藤本を男として意識する
自然に、顔が赤くなっていくのが自分でもわかった
「中、どしたの?顔、赤いけど大丈夫?」
顔を覗き込んできた心配そうに額へと手を触れさせて
そして、続けて額を重ね合わせてくる
息が掛る程近くなった互いの距離
その所為で佐藤の動揺は益々酷いモノに
「ああ、少し熱いかな。今日はもう帰ったほうがいいね。オジさん、送ってあげるから」
「だ、大丈夫。一人で帰れる……」
照れてしまっている事を悟られたく無く
何とか平静を装った振りでやり過ごそうとする佐藤だったが
「だーめ。一人で帰ったりなんかして、変な人とかに襲われちゃったらどうする?そんな事になったらオジさん泣いちゃうよ」
否を唱えられ、またバイクの後部座席へと乗せられた
文句も言い掛けでヘルメットを被せられそのまま走り出す
そうして走り出して暫く後
「……ウチ、反対方向なんだけど」
指摘してやれば、藤本は不意にバイクを路肩へと停め
フェイスヘルメットの眼の部分を上げ、佐藤へと向いて直りながら
「ちょっと遠回り。駄目?」
眼しか見えないが、その雰囲気で微笑んで向けてくれている事が分かる
もう少しだけ藤本と居たかった
だがそれを面と向かって言う事は照れてしまうが故に出来ず
態と素気なく顔をそむけて見せながら
「……好きに、すれば」
そう返すのが、やっとだった
だがそれで通じたのか、藤本は肩を揺らしながら
「うん。じゃあ好きにしちゃう」
佐藤の返答を諾と解釈し、わざと帰路から離れて行く
何所へいくのか、藤本へと問うてみれば
同時に、目的地へと着いたのか、バイクが停まる
「見て、中。すっごく綺麗」
ヘルメットを外しながら、藤本は自身の前方を指差す
そちらへと佐藤も向いて直れば
視界一面に広がるシロツメクサの花畑が
日も暮れかけの薄闇の中、僅かな月明かりに照らされているソレは幻想的で
佐藤は暫くその様に見入ってしまっていた
「ここはね、オジさんの好きな場所なの。普段は何もない唯の空き地なんだけど」
今の季節だけは、綺麗な花を万かに咲かせるのだと藤本
そして何故か突然に座り込み、花を摘み取り始める
「はい。これ」
何やらやっていたかと思えば、ふわり頭に何かが被せられた
触って見ればソレは花冠で

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