《MUMEI》

.

駅に着いて切符を買うと山に向かう電車に乗り込んだ。全部で4両しかない、単線のローカル線だった。車内は空いていて、わたし達の他に、サラリーマン風の二人組の男達と老婆がひとり乗っていた。

わたしとリュウジはボックスシートに向かい合って座った。二人の間に会話はほとんどなかった。時折、わたしから他愛ない話を振ってみても、リュウジは虚ろな瞳を窓の外へぼんやり向けているばかりで真面目に聞いている様子はなかった。そんなわたし達の姿が奇妙に見えたのか、近くに座っていた老婆が、わたしがリュウジに話しかける度、チラチラとこちらへ視線を投げていた。


終点に着くと、わたしとリュウジはのろのろと電車から降りた。既にわたし達以外に乗客はいなかった。山の麓にあるこの無人駅には蝉の声がシャワーのように降り注いでいた。うだるような暑さの中、わたし達はまっすぐ山の方へ向かっていった。リュウジは黒いバッグを大切そうに抱えてわたしの隣を歩いていた。相変わらず不健康そうな顔色だった。蝉の声が耳にまとわりついていつまでも離れなかった…。



******

前へ |次へ


作品目次へ
感想掲示板へ
携帯小説検索(ランキング)へ
栞の一覧へ
この小説は無銘文庫を利用して執筆されています。無銘文庫は誰でも作家になれる無料の携帯・スマートフォン小説サイトです!
新規作家登録する

携帯小説の
無銘文庫