《MUMEI》
森A
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山には森が一面に広がっていた。深い森だった。果てしないその樹海に一歩踏み入れると、まるで別世界に迷い込んだような感覚に陥った。
背の高い木々の枝に太陽の光は遮られ、昼間であるのに薄暗かった。空気は重く澱み、湿っていた。あんなに騒がしかった蝉の声が急に遠退き、時折獣か何かの鳴き声が何処かから響いてくるだけで、辺りは凛とした静寂に包まれていた。
地面は濡れていて腐敗した木の葉がその上を覆い、不思議な弾力があった。マットレスの上を歩いているみたいに、歩む毎に足が少しだけ沈んだ。

リュウジはわたしを促すように数歩先を歩いていた。黒い鞄を両手で抱え、脇目も振らず、ただ正面だけを見据えていた。怖がりのリュウジにしてはとても珍しい行動だった。わたしは泥濘に気を付けながら、彼の後ろを黙って歩いていた。

しばらく森の中を進んでいくと、少し拓けた場所に辿り着いた。何かわからないけれど、食べ物が腐ったような鼻をつく異臭が一面に漂っていた。

「着いたよ…」

小さな声でリュウジが言った。少し遅れて隣に並んだわたしを振り返る。

そうして黙ったまま、薄暗い森の奥へ、骨張った人差し指を向けた。わたしは顔をあげ、薄闇に向かって目を凝らす。


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