《MUMEI》

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医者はカルテを眺めながらポツリと言った。

「…わたしの憶測ですが『リュウジ』という人物は、永田 隆司本人のことではないでしょうか?」

思いもよらない医者の台詞に刑事は椅子に深く座り直し、腕を組んだ。腑に落ちない顔つきだった。

「どういうことですか?」

明確に返事をすることなく淡々と説明を続ける。

「その別の人格は永田 隆司を守るために生まれた…つまり自己防衛の機能なのです。母親の暴力から、そして警察から守る為、今回の事件を引き起こした…しかし、永田 隆司本人は別の人格が犯した罪に怯えた。恐らく彼はそんなおぞましいことを望んでいたわけではなかった。これ以上、自分の意に反して、罪を重ねてしまうことを怖れたのでしょう…彼は自分の中にいる別の人格を消そうと考えた…しかし逆に返り討ちに合ってしまい、永田 隆司の人格は『消滅』してしまった…」

刑事は首を傾げた。

「『消滅』?」

医者は頷く。

「別の人格に永田 隆司の身体は乗っ取られたのですよ…彼は、もはや永田 隆司ではありません」

刑事は息をのんだ。震える声で呟く。

「それでは、捕まえた永田は一体…?」

最後に、医者は重い声で答えた。



「…あなた方が逮捕した人物は永田 隆司ではなく、もうひとりの人格です」



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